蘭は一つの可能性に辿りついて、悶々としていた。
コナンが大怪我を追って入院をしたと連絡を受けて二日、ようやく面会が出来たが彼はまだ目を覚まさない。警察に事情を聴くも、納得のできないことばかりだ。世間では拳銃や麻薬の密売などを中心にとした、日本を支える大企業や政治家などを巻き込んだ組織が暴露された事について日々ニュースで騒がれている。ただの小学生が何をどうすればその組織に関わって、大怪我を追うような事件に巻き込まれるのだろうか。
その組織では不老不死が叶うという怪しい薬の研究を行っていたという噂もある。
「コナン君」
包帯が巻かれたまま静かに眠るコナンの頬に触れると、子供特有のすべすべとした感触が指に残る。規則正しい寝息。腕に繋がれている点滴。傷だらけの手のひら。この小さな手で、彼は何を守ろうとしたのだろう。
「あなた、やっぱり新一なんじゃ…」
無意識につぶやかれた疑問は宙に舞って、虚しく消えた。答えてくれる人間はいない。阿笠博士に問い詰めてみようか。そう思ってみても、それが出来るくらいなら最初からそうしていたと蘭は思う。結局自分は真実を暴けるほどの力はなく、強くもない。
仮に彼が、昔から恋い焦がれた幼馴染だとしたら。そこまで考えて、その先を蘭は見ることが出来ない。
自分の中に生まれた仮定が真実だったとしても、何故彼がこんな子供の姿になり、小学生だと偽って日々を過ごし、世間を騒がすほどの組織に乗り込んだのか。それを受け止められる自信がなかった。
窓の外はとっくに暗くなってしまった。今日もコナンは目を覚まさない。そろそろ帰ろうと蘭は立ち上がり、病室を出た。もうすぐ面会時間が終わるからか、廊下はしんと静まっていて、それが余計に薄気味悪く見えてしまう。
そこに小さな足跡が響いた。角を曲がれば、とても見覚えのある小学生の姿がそこにあった。
「…哀ちゃん」
ランドセルを背負った彼女はまっすぐに蘭を見上げた。子供なのに、なんて目をしているんだろう。彼女もコナン同様にただの小学生には見えなかった。更にコナンのような無邪気さも垣間見えない哀を、蘭はどこか敬遠してしまう。
「哀ちゃんもコナン君のお見舞い?」
「ええ」
いつも少年探偵団としてつるんでいる彼らの中でも、コナンと哀だけが異質だ。哀もコナンと同様、普通の小学生ではないのかもしれない。例の事件には哀も関わっていると警察から聞いた。彼女が何者か知らないけれど、蘭の中でざわざわと心が揺れた。
それ以上かける言葉もなく黙っていると、哀ももう会話は終了したと結論づけたのか、軽く会釈をして、廊下を歩いて行った。
蘭もそれを振り切るように病院の玄関を向かって歩く。
―――胸のざわつきが消えない。
歩いていた足が不意に止まった。無意識のうちに蘭は振り返り、足音を立てないように来た廊下を戻る。
ドアのすぐに掛けられた札には「江戸川コナン様」。事件がらみだからか贅沢にもコナンは一人部屋で入院をしている。意識も取り戻さない状態だから当然と言えば当然なのかもしれない。ドアの向こう側にはしんとした雰囲気が漂っている。哀はこの中にいるはずだ。蘭は震える手で、ドアノブを静かに握った。音を立てないように、ほんの少しだけ開けて、中をうかがった。
哀の背中が見える。哀は静かにコナンの眠るベッドに顔を伏せていた。哀の赤みがかった髪の毛がコナンのそれに触れているのではないかと思えるほどの至近距離で、何をするわけでも、何を言うわけでもなく、ただ静かにそこにいた。
蘭はごくりと唾を飲み込んだ。ただそれだけの光景が、やっぱりただの小学生のものに思えなくて、静かにドアを閉める。
コナンが新一じゃなければいい。
初めて哀の存在を知った時から、蘭の胸騒ぎは消えていないのだ。
子供たち五人でいるとき、コナンと哀はいつも何かを囁き合っていた。事件に遭遇すればコナンのひらめきに哀は子供が使わないような言葉で助言するような場面も見た。
コナンが新一じゃなければいい。そしたらこの嫉妬心も杞憂で終わるのに。
コナンが入院して三日目。毎日のように訪れる病室で、蘭は祈るようにコナンを見つめる。
ふと、眠るコナンの口元が動いた。
「…コナン君?」
蘭はつぶやき、コナンの手を握った。それに応えるように蘭の手が小さなその手に弱く握られ、コナンの青みがかった瞳がゆっくりと開けられた。
「蘭ねぇちゃん…」
その瞳にまっすぐ見つめられ、蘭は涙をこぼした。
コナンが誰であろうと、何より目を覚ましてくれた事で胸がいっぱいで、もうそれだけでよかった。
(2014.12.8)