3-2


 コナンには図書館近くにある喫茶店に連れて行ってもらった。しかし、そこで話が盛り上がる事もなく、おすすめメニューであったナポリタンを向かい合って食べた後は、再び図書館に籠った。コナンは相変わらず、席を立ったり、新聞を持ち出したりと忙しそうにしていた。

「ただいま」

 午後四時、阿笠邸に帰宅すると、パソコンに向かっていた博士が振り返り、「おかえり」と微笑んだ。

「早かったんじゃな。歩美君は元気じゃったか?」

 博士に問われ、どきりとする。元々今日の予定は歩美と図書館で勉強する事だったのだ。

「え、ええ……、いつもと変わらなかったわ」

 思わず哀は笑顔で答え、鞄を置くために自室に入った。ドアを閉めてため息をつく。
 江戸川コナンは哀に関する記憶を失っている。下手に刺激をしないほうがいい。暗黙の了解は当然博士にも伝わっており、だからこそコナンと二人で会ってしまっただなんて言えるはずもなかった。たとえそれが偶然だとしても。
 鞄の中でスマートフォンが震え、取り出すと歩美からのメッセージだった。

 ――哀ちゃん、今日は本当にごめんね!

 文字の上には歩美の高い声色が乗るようで、哀は小さく笑って「大丈夫」と返信する。まだ夕方なのに窓の外はどんより暗い。一年でもっとも夜が長い季節。
 再び手のひらにあるスマホが震え、また歩美からかと思ったら違った。哀はごくりと生唾を飲み込む。

 ――明後日の日曜、図書館で

 コナンからだった。
 昼食時、連絡先を交換しようと言い出したのはコナンだった。互いのスマホを近づけて、互いのメッセージアプリのアイコンを確認し合った。
 ただの隣の席であるクラスメイトという関係性から、何か変わってしまうのだろうか。
 吹き出しに書かれたコナンからのメッセージを見つめながら、哀は今日の図書館でのコナンの様子を思い返した。
 学校の宿題をして図書館で借りた小説を読んでいた哀に対し、コナンは時折席を外していた。戻って来たかと思えば、自習室内に分厚い書籍を持って何かを調べているようだった。
 あれは、実際に起こった事件か何かを記録した書物なのではないだろうか。
 首元にひやりとした感触が漂い、哀はスマホをタップした。



 約束通り、日曜日の午前十時にコナンと待ち合わせをし、図書館の自習室で哀は残りの宿題を、コナンは相変わらず何かを調べているようだった。

「あなたはいったい何を調べているの?」

 先日の喫茶店は日曜日は休業しているらしく、コナンに誘われるがまま荷物を持って駅前のファストフードでランチをする事になった。賑わう店内で四人席に購入したハンバーガーのセットを置き、ようやく落ち着いた時に哀が訊ねると、コナンは肩をすくめるように笑った。

「米花町とか、その他で起こった事件だよ」
「それは、見れば分かるわ」

 哀が答えると、レンズの下で目を伏せたコナンはふっと笑い、ホットコーヒーに口を付けた。
 冬休み中でかつ日曜だからか、若者で溢れ返っているファストフード店内は狭く、隣の席も近い。すぐ横では中学生に見える女の子四人が顔を寄せてきゃっきゃと盛り上がっているようだった。

「俺は、さ」

 ハンバーガーの入った包み紙をめくりながら、コナンが言う。

「中学生の頃まで、それなりに事件に関わっていたんだ」

 コナンがハンバーガーにかじりつくのを見ながら、哀はゆっくりうなずいた。

「それも、知っているわ」

 哀の答えなど最初からお見通しのように、コナンは満足そうに笑い、唇の端についたデミグラスソースを指先で拭った。
 その仕草にどきりとした。コナンの手のひらの感触が自分のものと違うと知ったのは、三年前の夏だった。駆け巡りそうになる記憶を押し殺すように、哀もコナンにならってハンバーガーを口に含んだ。



(2022.12.17)

【TOP PAGE】