履き慣れない下駄によって、右足の親指と人差し指の間の皮が剝けてしまった。
「おまえはそこで待ってろよ」
哀の歩き方に違和感を示したコナンが哀に強くそう言い、ドラッグストアへと消えていった。花火をも映さなさそうなほど明るい照明の光は、公道にまで滲み出ている。季節感のないポップな音楽と季節感を意識した店頭商品が、日常にあるべきものとして佇んでいる。
花火大会はとっくに終わったというのに、火薬の匂いが浴衣や髪に沁みついている気がする。カランコロンと響くのは、通りを歩く女の子達の下駄の音だった。彼女達は浴衣を着たまま自宅に帰っていくのだろう。
一人で浴衣を着たまま突っ立っていると、先の見えない不安に押しつぶされそうになった。下駄の鼻緒に触れる皮膚がじくじく痛い。今夜をどう過ごすかなんて、何も決めていない。
「お待たせ、灰原」
東京には展開されていないドラッグストアの店名が印字されたビニル袋を持ったコナンが、哀の隣に並んだ。
「足、大丈夫か? ここで絆創膏を貼るか?」
「い、いいわよ! 歩けるわ」
ビニル袋から絆創膏のパッケージを取り出して今にも哀の足元にしゃがみ込みそうになったコナンを慌てて阻止しながら、哀は不安になる。痛む足で歩いて、自分達はいったいどこに辿り着くのだろう。
コナンに連れられてきたのは、すぐ近くにあったラブホテルだった。中学生である自分達が入れるだろうかと疑問に思ったのだが、ビジネスホテルやシティーホテルよりもずいぶんと簡易的な手続きで部屋に辿り着く事ができた。途中にも浴衣を着た若い男女カップルがいたので、繁華街内のこのホテルにとっては珍しい話でもないのかもしれない。
ダブルベッドの存在感におののきながら、哀は浴衣の合わせ目に気を付けながらソファーに座った。この足ではレンタルショップに戻る事ができず、コナンがレンタル延長の電話をしてくれた。
「絆創膏、俺が貼ってやろうか?」
胸元を締める帯に邪魔をされて上手な体勢をとれない哀に対して、コナンは信じられない提案を寄越したうえ、押し問答を繰り広げたところで強引にもその提案を譲らなかった。
今度こそコナンは哀の足元に跪き、消毒液で哀の擦りむいた箇所を消毒し、絆創膏を貼った。哀の抵抗などものともしない。同じ中学生、子供だと思っていたコナンは、とっくに男の顔をしていた。その癖、哀の傷口を労わる手つきがひどく優しいから質が悪い。
「痛いか?」
大切にされているみたいだ。敢えて平坦に保とうとしていた感情が波打つ危険を覚えた哀はコナンから逃れようと身をよじったが叶わなかった。ただ浴衣の合わせ目がずれただけだった。
絆創膏を貼られた指は、まるで他人のものみたいに感覚すらおぼつかない。そのまま危険な波にあっさりと攫われてしまった。
先手を切ったのはどちらだっただろうか。
「江戸川君、私、着替えなきゃ」
「俺が脱がしてやる」
なし崩しと呼ぶには、きちんと段階を重ねた行為だったように思う。
まるでラッピングを丁寧に剝がされるように浴衣と帯を解かれた頃には、哀は栓から溢れた感情に溺れていた。
触れられていない場所がないと思えるくらい、からだじゅうにキスを落とされた。絆創膏を貼られた足先にも、呼吸を分け合った唇にも。
コナンを欲しいと心から思った。たとえそれが、刹那的なものだとしても。その熱を一瞬でも自分の中に取り込むことができたら、今後何があっても生きていけると思った。
(2022.12.5)