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 在来線のみで半日近く乗り継いで辿り着いたのは、ある地方都市だった。
 それなりに大きな駅の改札口を通る時も、バスの時刻表を確認して繁華街に向かう時も、コナンは後ろを振り返る事もなく、ただ隣に哀がいる事だけを気にして歩いていた。生まれ育った場所への未練がないかのような足取りに、哀のほうが気後れをしてしまう。

「灰原、あれを見ろ」

 観光客も乗車しているバス内にて、コナンが吊り下げ広告を指さした。それは、繁華街を中心に行われる花火大会のもので、開催日は今日だった。

「だから交通規制がかかっているのね」
「この辺りでは有名な祭りなんじゃねーか? ほら、浴衣のレンタルもあるみたいだ」

 無邪気さをあらわにして笑うコナンを、思わず哀はぎょっと見返してしまった。

「どういうつもり?」
「せっかくだから、浴衣を着ようぜ」

 花火大会のスポンサーなのか、広告内の端にある浴衣のレンタルショップの案内に書かれたバス停で下車する事を決めたコナンに連れられ、どこにでもあるような県道の歩道を歩く。スマホを使わなくてもその店はすぐに見つかった。
 レンタルショップとして機能している呉服屋の店内には色とりどりの浴衣を着たマネキンがいくつか置かれていて、壁に貼られたポスターにはすでに成人式用の案内があった。
 チェック柄の制服を着た女性店員が、大きなリュックを背負ったコナンを訝しげに見たが、コナンが「彼女の親と旅行に来ているんだけど別行動している間に恋人に浴衣を着せてあげるんです」という大嘘を吐いた途端、あれよあれよいう間に店員はおすすめの浴衣を差し出してきた。

「お客様は色白でいらっしゃるから、大柄のデザインのものもお似合いだと思いますよ」

 店員とコナンの言われるがままに試着をさせられ、浴衣に着がえた哀が更衣室から出ると、コナンはレンズの奥にある瞳を丸くした。やっぱり派手だったんじゃないだろうか、と浴衣を見下ろした時、店員が営業スマイルを浮かべて言った。

「よかったら店内掲示用にお写真を撮らせていただけますか?」

 別の店員がデジタルカメラを手にしているのが見えて、哀が表情を硬直させている隣で、「遠慮したいです」とコナンがすかさず答えた。

「彼女の浴衣姿はあまり他人に見られたくないので」

 独占欲丸出しの彼氏を装ったコナンが困ったように笑うのを見て、店員も一緒になって微笑んだ。
 店員に見送られて祭りに向かう。浴衣レンタルを提案したコナン自身は私服姿のままだ。
 夕方の西日が、繁華街である大通りを強く照らしている。予備校帰りなのか、男子高校生のグループとすれ違った時、よくある光景のひとつなのにふと振り返りたくなってしまった。

「灰原?」

 隣を歩くコナンが顔を向ける。コナンの背負っている大きな黒いリュックが視界の端にちらつき、哀は思わず「なんでもないわ」と首を横に振った。歩くたびに哀の履いている下駄が軽い音を響かせる。
 非日常に見える空間にも日常が潜んでいるという事実に、恐れを抱いた。本来の自分達は、すれ違った高校生達のように健全な夏休みという時間を謳歌しているはずだった。羽目を外して遊びまわったり、文句を言いながらも宿題を片付けたり、汗を流して部活に励んだり、そういった日常があるはずだった。
 穏やかな日常に潜んだ真実が消える事はない。その影は日に日に色を濃くして、いつか日常を取り込んでしまうのだろうか。哀だけではなく、哀の大切な人々まで。
 視界の端に仄暗い灯が映り、哀は顔をあげた。
 祭りの気配が濃くなり、所狭しと屋台が並んでいた。見覚えのない屋台もあり、それを哀がつぶやくと地方によって異なる屋台文化がある事をコナンは教えてくれた。
 いつの間にか下駄の音は、誰のものか分からなくなった。すぐ近くを通ったカップルも自分達と同じようで、哀は安心を覚える。誰も自分達を見つけられない。はたから見れば自分達は祭りを楽しんでいるただの中学生だ。
 視界の端に見えた綿菓子の屋台の前にいる男女のカップルは二人共浴衣を着ていた。江戸川君も浴衣を着ればよかったのに、とレンタルショップにいた女の店員の表情を思い出した時、空が光を放つのと同時に地響きのような音が足元から響いた。途端に周囲の人々の間で歓声が沸き上がる。

「お、始まったな」

 そう言って空を仰ぐように顔をあげたコナンの横顔に、色とりどりの光が泳ぎ出す。屋台の香りにほのかな火薬の匂いが混じり、哀はコナンの手をぎゅっと握った。



(2022.11.30)

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