Letters 2-1

 大学のゼミが同じ女子同士で行われた飲み会は想像以上に楽しく、ガールズトークで持ち切りだった。

「蘭ちゃんは最近彼氏とはどうなの?」

 サワー二杯で程よく酔いが回った頃、隣に座る女子が蘭に話題を振った。蘭は何て答えれば一番場が盛り上がるか考えて、でも結局上手く話すことも出来ず、

「まぁ、順調かな」

 無難に答えると、目の前に座った女子達が、

「だって相手はあの工藤君だもんね。素敵な彼氏がいて羨ましい!」
「そもそも工藤君とどういう経緯で付き合うことになったの? 同じ高校だったっけ?」

 予想以上の周囲の反応に蘭は少々たじろいだ。

「うん。でも親同士も知り合いで、幼馴染だったんだ」

 蘭が控えめに答えれば、周囲の盛り上がりは増してキャーという声もちらほらあがる。こんな風に騒がれて、羨ましがれて、正直悪い気はしない。とても独りよがりだと分かっていながら工藤新一は自分のものだって再認識できる気がしてしまう。
 それでも蘭は先ほど答えた自分の言葉を反芻する。順調、なのだろうか。
 先日見た手紙を思い出す。いや、それより前から順調なのかと聞かれれば、答えに迷ってしまう。
 新一は優しい。高校生の頃とは打って変わって女子に騒がれても興味ないそぶりで、蘭にだけその優しさを見せてくれることはちょっとした優越感をもたらしてくれた。
 だけど問題なのは、高校生の頃に何が新一を変えたのかということだった。昔の新一は目立ちたがり屋でマスコミにも積極的に顔を出して、自分の写真が掲載された新聞や雑誌を誇らしげにチェックし、更には事件やホームズの話ばかり飽きることなくしていたのに。
 姿を消していた半年の間、彼がどこで何をしていたのか蘭は知らない。ただ一つ言えることは、帰って来てからの新一は以前にはなかった憂いを帯びた瞳をするようになった。



 午後十時過ぎ。女子会もお開きになり、会計を済ませて居酒屋の外に出た。
 秋も深まり、ミニスカートからはみ出た生足が寒く感じる。そろそろロングブーツを出さないといけないな、と考えながら、居酒屋の前でなんとなくお開きにならないまま女子特有の談笑が続く。こういう曖昧な時間を蘭はあまり好きではない。だけど一人が先に帰ると言えば空気が変わってしまうのも分かっていて、それを恐れて何も言い出せず、一人のおしゃべりを笑いながら相槌を打っていた。
 夕方に届いた新一からのメールには、目暮警部に呼び出されたので今日は会えないと書かれていた。よくある事だった。そろそろ帰らないと父親である小五郎も心配するかもしれない。そんなことを考えながらふと人々が行き交う歩道に目を向けた時だった。
 とても見覚えのある顔がそこにあった。

「新一…?」

 蘭がつぶやくのと同時くらいに、新一も蘭に気付いたようだった。
 新一の隣に目を向けると、見たことない茶髪の女性が立っていた。黒いジャケットを着た、どう見ても蘭と同じ大学生には見えない大人っぽい雰囲気に気後れした。

「蘭」

 気付くか気付かれないかくらいの一瞬、新一が戸惑いの表情を浮かべたのを蘭は見逃さなかった。その後新一はいつものように笑って蘭の名前を紡いだ。

「びっくりした。飲み会だったのか?」
「う、うん…」

 何でもないように訊ねる新一に、蘭は隣の存在をちらちら見ながらつぶやくと、新一は今になって気付いた振りをして、

「あ、悪い。今日呼び出された事件で一緒になった宮野志保さん。医学や薬学に詳しくて、目暮警部も時々呼び出しているみたいなんだ」
「…初めまして」

 無表情だった彼女は、蘭を見るなり少し目を細めて、口角をあげて蘭をまっすぐに見つめて微笑んだ。それは蘭の周りにはいないような妖艶さを醸し出していて、ますます落ち着かない。
 それより、何よりも。

 ―――ミヤノシホ

 聞いた名前が見覚えのある漢字にぴたりと当てはまった。