Letters 2-2

 その後、宮野志保と何の会話を交わしたか覚えていない。記憶に残らないほどの取りとめのないような事だったと思う。
 だけど、彼女が言葉を口にする度、瞬きをする度、肩までかかった茶髪の髪の毛が揺れる度、蘭の心に黒い感情が湧き上がった。どうして新一と一緒に歩いていたのだろう。事件が一緒だったからと言って、帰りを共にする必要はないじゃないか。
 蘭のその感情が通じたのかそうではないのか、新一は志保に「じゃあ、また」と言って、蘭の隣に来てくれた。それが胸を撫で下ろしたくなるくらい嬉しくて安心した。新一が志保を選んだわけじゃない。新一は自分のものだ。
 別れ際、志保は先ほどと同じ微笑みを向けて、軽く会釈した。蘭も慌て頭をさげて、新一の服の裾を掴んだ。新一は嫌がる素振りを見せない。だけど、蘭の手をとることもない。

「さっきの…、宮野さん? 今日初めて会ったの?」
「え? あ、いや…。前にも会ったことあるよ」
「それって最近?」

 思わず突っ込んで訊いてしまった。新一は眉をひそめて蘭から視線を外し、ゆっくりと呼吸をした後もう一度蘭の顔を見た。

「知り合ったのは俺が高校生の時だったかな」
「高校生?」
「ああ。しばらく会ってなかったけれど、最近偶然再会したんだ」
「そう…」

 蘭はあの手紙を思い出す。姿を消したことを詫びる手紙だった。第三者の自分にはあの手紙の意味なんて分からない。だけど結局こうして再会をしてしまうほどの距離で、なんて陳腐だろう。

「新一、今日はもう帰るの?」
「ああ、さすがにな」
「…私も行っていい?」

 絞り出すような声で言えば、

「悪いけど、溜まってるレポートがあるんだ」

 困ったように微笑んだ新一にやんわりと断られた。高校を卒業してから二人きりで過ごす時間は減ったけれど、最近はほとんど一緒にいる時間がない。一緒にいたいと思うのは自分だけなのかと巷で流行している女子向けの恋愛ソングで流れそうなフレーズを心の中でつぶやき、むしろ陳腐なのは自分なのかもしれないと思った。
 志保の姿が頭から離れない。あの手紙がなければきっと疑うことはなかったのに。
 二人が並んでいる姿を見て、自分達にはない絆を見せつけられた気がしたのだ。




 高校二年生の頃、半年の間新一は事件に関わって蘭の前から姿を消した。戻って来た時の安堵感は忘れない。
 戻って来た時の新一は特にやつれた様子もなく、普段通りに高校生活に戻っていた。クラスメイトとの他愛のない会話、相変わらずの蘭との距離感。
 死んでも戻ってくるから、と言ったのは新一だったはずなのに、新一はその距離を縮めようともせず、それでも蘭が傍に行けば拒むこともなく一緒にいてくれた。その節々で、どこか違和感を覚えた。
 これまで無邪気にホームズの話をしていた新一のあどけなさはどこかに消えていて、その瞳は確かに蘭を見つめていても遠くを見ているような印象を受けた。―――目の前にいるのは、誰? 彼の突然の変貌に焦燥感を覚えた。新一の事は誰よりも分かっているはずだったのに、たった半年離れただけで何かが違う。
 それでも蘭を支えたのは待っていて欲しいと告げられた言葉だったのに。
 一度だけ、感情が高ぶって泣きながら新一を責めたことがある。あれは新一が戻って来て十日経った時だった。狂ったように泣き叫びながら新一に縋り付くのを、新一は少し困った顔をして、ごめんとつぶやいて蘭を抱きしめた。その腕に抱きしめられて、ようやく呼吸が出来るような安心感を覚えた。―――よかった、今までどおりの新一だ。
 それを機に恋人という関係を手に入れた。
 新一は優しい。だけど、結局一方通行なのはあの頃から何も変わらない。
 あの時泣き叫ばなければ、自分達はあのまま曖昧な幼馴染と言う関係で終わっていたのだろうか。