Letters 1-8

 しかし思い立って行動出来るほど新一は暇ではなかった。
 志保の事が頭によぎりながらも居場所を知ったことで少し安堵したのも事実だ。彼女が彼女なりに生活を送っている。しかも米花町の近くで。いつでも会える距離に動悸がした。
 新一はいつものようにあくびをしながら大学のキャンパスを歩く。どうしても外せない講義に出席しなければならなかった。
 探偵業と二足わらじのキャンパスライフは退屈しないはずだと期待していたが、思いのほか普遍的な毎日で、退屈さはこれまでと変わりなく継続されていた。ただ忙しくなればなるほど余計なことを考えなくていいのは救いだった。それが仇となり、志保には会えずじまいなのだけれど。



 昼休み、ふと食堂に目を向けると蘭が見慣れない男子と二人でご飯を食べながら談笑していた。
 新一は説明のつかない、とても不思議な気持ちで二人を見つめた。自分の彼女が他の男と二人きりで笑い合っているのを見て面白くないに決まっている。だけどその感情には父親のような、兄のような見守る気持ちも混じっていて、新一自身が困惑していた。これを嫉妬と呼ぶのだろうか。嫉妬とはもっと人を狂わすほどのものだと思っていた。それゆえに殺人に手を染めてしまう人間もいるというのに、やはり自分は冷淡な人間なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、蘭がふとこちらに気付き、手を振った。

「新一!」

 一緒に話していた男子に挨拶し、こちらに駆け寄る。

「今日は大学に来ていたんだね」

 昨日の事には一切触れず、蘭はふんわりと笑う。もっと怒っていいのに、と新一は思う。バレていることを知っていて、彼女は自分の気持ちを吐露しない。それでは疲れないだろうか。そこまで考えて、新一は自嘲したくなった。…それは自分も同じだった。
 今の男誰? と聞こうとして、聞けない。
 どうでもいいのとは違う。気になるに決まっている。しかしそれを言葉にするほど情熱的でもない。

「昨日はありがとな。飯、美味かったよ」
「食べてくれたんだ。よかった」

 二人並んで歩く。本当は昨日はそれどころじゃなく、蘭のご飯にありつけたのは今朝だった。レンジで温めても不便のないような料理に、尚更胸が痛んだ。

「今日は仕事ないの?」
「ああ。単位がやばいのがあるからな」

 げんなりと新一がつぶやくと、蘭はおかしそうにくすくす笑う。その横顔をぼんやり眺めながら、昔と変わらない笑顔にほっとしながら、でもきっと無理があると心のどこかで思ってしまう。
 付き合って四年。彼女を笑顔にすることは出来る。でもずっと笑顔でいてもらえるほどの力を持っていないことに新一は気付いていた。

「ねぇ、仕事ないなら今日は家に行ってもいい?」

 甘えるように上目遣いで蘭は新一を見上げる。それに翻弄された日も確かにあった。しかし今は心が動かされない。余計に疲弊していく。

「ごめん。夜は片付けないといけない仕事があるんだ」

 次に来る蘭の顔を覚悟しながら、それでもそう答える。予想通り蘭は無理に笑って「分かった」とうなずいた。そのままお互い次の講義の教室へ向かう為に手を振って別れた。
 たった数分の会話に疲れてしまった。鞄を持ち直し、新一は教室へと入る。同じ講義を取っている学生が一つの机に集まって騒いでいるのを横目に眺めながら、新一は後ろの方の席に腰をかけた。大学に来たり来なかったりする日々で、あまり親しい友達がいないまま大学三年生になって今に至る。
 ふとコナンだった頃に親しくなった少年探偵団の仲間の顔を思い出す。彼らはこんな異質な自分にも分け隔てなく付き合ってくれた。哀のように感情表現の苦手なタイプにも、正面からぶつかっていた。思えばあんな友人を新一は持っていない。
 あの手紙を見てしまってから、奥深く閉じ込めていた記憶が湧き上がり、懐かしさで胸が苦しい。忘れられるはずもないものを忘れようとした罰なのかもしれない、なんて柄にもなく思った。