高校生活に復帰しても、元の生活には戻ることは簡単ではなかった。
まず休学していたのが半年という長期間だった為、補習という名の居残りがほぼ毎日放課後に行われ、せわしない日々を送った。それでも本来であれば留年になるところを、「事件のため」という見かけ上世の為人の為に休んでいたことになっているので、その補習で留年を免れることができたことは助かった。
「よかったわね、話の分かってくれる学校で」
幼馴染の蘭が少し皮肉交じりに新一をつつく。新一は曖昧に笑った。
「それでも当然よね。新一は警察の救世主なんだもの」
得意げに言う蘭に少し胸がざわついた。
確かに蘭の言うとおり、新一は日本警察の救世主と呼ばれ、マスコミを騒がせていた時期もあった。たった半年前までそうだった。その自信過剰さと無知さで、半年間に渡り工藤新一としての人生を失ってしまったのだ。だから、今となっては笑えないし、有頂天にもなれない。
蘭は部活が終わると新一の補習が終わるのを待ち、一緒に下校してくれた。朝もさぼらないように迎えに来てくれる。クラスも同じなので四六時中彼女と一緒にいて、加えてクラスメイトから「夫婦」だの「どっちが告白した」だのからかわれる生活に、少し息苦しさを感じた。以前はそれほど嫌ではなかったはずなのに、何故だろう。単に自分は疲れているのかもしれないと新一は思った。解毒剤を服用してからまだ日は経っていないし、久しぶりの高校生活と日々の放課後の補習で忙しい毎日に疲労は溜まるはずだった。案外楽な小学校の生活に身体が馴染んでしまったのかもしれないな、と新一は自嘲した。
そんな生活が続き、疲弊していく新一の隣で次第に蘭の表情がに曇っていった。昔から好きで守りたいと思った相手の異変に、新一が気付かないわけがなかった。
「蘭、どうした?」
下校中にストレートに疑問を投げかけると、蘭は涙ぐんだ目で新一を睨んだ。
「……いの?」
「え?」
かすかに響いた蘭の声は新一の耳まで届かず、聞き返すと、
「どうして何も言ってくれないの…?」
唇を震わせて、道路の傍の塀に寄り掛かるように、蘭は力なくそこに座りこんだ。
「蘭…」
「私、ずっと待ってたのに」
蘭の涙が道路のアスファルトに染みを作っていく。
その後の蘭の号泣の仕方はひどかった。何かの糸が切れたように、通行人の目も気にせず、ひたすら泣いて新一をまくしたてた。本当は私のことなんて好きじゃないんでしょ、中途半端に優しくしないで、いらないならきっぱり言ってよ―――。
普段からは考えられない彼女の様子に、罪悪感が新一の胸に広がる。待たせていたのだとはっきりと言葉で理解した。江戸川コナンとして傍にいた時から彼女を見ていたはずなのに、こんなにも深く傷ついていたなんて知っていたつもりで分かっていなかったのかもしれない。思わず蘭を抱きしめ、ごめんとつぶやいた。―――ごめん、ちゃんと傍にいるから。
慌ただしい高校生活を取り戻して十日ほど経った日のことだった。ふと哀の冷めた表情が脳裏をかすめた。だけど今はそれよりも、目の前で泣く彼女をどうにかしなければとただ蘭を抱きしめていた。