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 年が明けて寒さはさらに増した。年末年始も関係なく事務所に籠って仕事をしていると、机に置かれていたスマートフォンが震え、コナンは手に取った。

「もしもし」
『おー工藤。元気か?』

 相変わらず寒さなど知らないような陽気な声がスピーカーから響き、コナンはストレッチがてら一度椅子から立ち上がる。時計を見ると午後三時を示していた。

「服部、おまえは相変わらず元気そうだな」
『おまえはシケた声してんなー。それより今工藤の事務所の前におるねんけど、出てこられるか?』
「は?」

 コナンは机の後ろにある窓をそっと開ける。雑居ビルの十三階に位置しているこの場所からは、服部の姿など見えるはずもない。ただ冷たい空気が無機質な部屋にそっと入り込んだ。

「東京に来ているのか? そういう事は早く言えよ」

 文句を並べながら窓を閉め、来客用のソファーに投げていたコートを羽織ってエレベーターに乗り、エントランスまで走ると、黒いダウンコートを羽織った服部が満面の笑みでコナンを迎えた。

「工藤、相変わらずやつれた顔してんなー」
「そういうオメーこそ、遠山さんと啓太君はどうしたんだよ」
「あー、和葉は啓太と一緒に毛利のねーちゃんに会いに行っとるわ。なんや、ねーちゃんとこの桜ちゃんも大きくなったらしいなぁ」
「なんか、おまえが言うとオッサン臭い…」

 苦笑しながらコナンはスマートフォンを確認する。仕事は一区切りついたので、服部との時間も作れそうだ。
 大阪府警で働く服部は今でも余暇を作っては東京に遊びに来る。一人息子である啓太は見事に和葉の血を受け継いで、コナンから見ても見た目は可愛らしい男の子だった。しかし頭の回転の速さは服部に似ていて、コナンとも対等に話そうとする啓太を相手にしながらこれは将来とんでもない男に育つかもしれないと思ったが、服部と和葉の事だからきっと正しくまっすぐに愛情を注いでいるのだろう。

「まだ三が日だというのに、疲れた顔してんなぁ。仕事は忙しいんか?」
「いや…。でも特に用事もないし、出かけても人混みだし、それなら仕事を片付けようと思って」
「探偵団の子達と初詣っていうのもないんかいな」
「うーん…」

 以前は元太達と初詣に行くのが習慣になっていた事もあった。しかし元太と歩美が付き合ってからその習慣はなくなり、二人が別れた後もその行事が再開される事はなかった。いつまでも子供時代の人間関係に固執できるほど、時間は止まってくれない。

「それより服部、おまえよく俺が事務所にいるって分かったな」
「ああ、阿笠のジイさんに聞いたんや」
「博士に…?」
「おまえの家に行ったらちょうど家の前で鉢合わせしてな。ああ、そういえば、あのねーちゃんも一緒やったぞ」

 人通りの多い歩道を歩きながら、服部がちらりとコナンを見た。

「灰原のねーちゃん」

 予想通りのセリフの続きに、コナンはへぇ、と相槌を打つ。

「あれ、あんま響かへんな」
「驚かねーよ、そんなもん。だいたい、あいつにはもう会ってるし」
「そうやったんか? 相変わらず水臭い奴っちゃなー」
「別に、わざわざ言う事じゃねーし」

 哀が姿を消した時、博士は哀の行方についていっさいコナンに語らなかったし、コナンもそれについては諦めていた。当時博士に対して不信感が生まれなかったと言えば嘘になるが、今となればそれも博士の優しさだったと気付く。むしろ自分達二人に巻きこんでしまい、それでもなお親のように見守ってくれる博士には感謝しているのだ。
 だから、博士が娘のように可愛がっている哀がこの年末年始に阿笠邸にいるのであれば、よかったと心から思う。自分にはそれができなかったので。

「ほんまに、もういいんか工藤」

 最近話題の事件の話でひとおり盛り上がった後で、信号待ちをしているとき、再び服部がその話題を口にする。

「もう二度と会えへんって思ってた女が、また東京に来て、おまえの前に現れたんやで。これはもう、運命っちゅー奴や」
「…おまえがそんな非科学的な事を言い出すなんて思わなかったけど」
「工藤、縁って言葉があるやろ。俺がおまえに会ったんも、和葉と結婚したんも、全部縁や」

 信号が青に変わり、服部と一緒に足を前へと踏み出す。服部の真剣な声に、コナンは小さく笑った。

「おまえがそんなに信仰深かったなんて知らなかったぜ」

 前回哀に会ったのは少年探偵団との飲み会で、もう一ヵ月が経った。酔っぱらった自分を家まで送り届けてくれた事に礼を言いたい気持ちもあるが、それよりも会う事を躊躇ってしまった。
 服部の言うように、少し前まではもう二度と会えないと思っていた。だって彼女は自分を捨てたのだ。
 先ほど渡った横断歩道の、もうすぐ赤信号に変わる事を知らせる音が背後で響く。冬の夕方の街中は、一日を収束するように慌ただしく、どこか冷たい。
 どうして彼女は東京に帰って来たのだろう。二度と会えないままでよかったのに。そのほうがきっと幸せだったのに。どうして自分を傷つけた彼女を、今でも自分は欲してしまうのだろう。
 人混みをかき分けるように前へと歩きながら、コナンは唇を噛む。こんなにも多くの人間が存在する世界の中で、他ではなく灰原哀ではないと駄目なんだと気付かされただけだった。