Diamond Sunset
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きらきらと光る空は画面越しだからこそ可能になるもので、案外撮影している時の空は、日頃のそれと変わるものでもない。それでも、例えば男女数人のグループで盛り上がるビルの屋上でのバーベキュー、そこに好きな女がいた日には空も輝いて見えるから不思議だ。
服部平次は飲みかけていた缶チューハイをテーブルに置き、目当ての女子に近付く。
「――はい、カット!」
監督の声に、空気が変わる。曖昧なこの境界線が、平次は好きだ。多面性を持つ人間を具現化する瞬間。
周囲の男女がざわざわと空気を動かす。空は輝かなくても、青くて美しい。
信じられへん、と辛辣な言葉を発したのは、紛れもなく幼馴染である遠山和葉だ。
「なんや、その女優陣! てか俳優もイケメンばっかりやん、なんでアンタもそこに出演してんの、場違いちゃうの、身の程わきまえたほうがええで」
「何言うてんのや、俺こそこの映画に呼ばれるべきイケメンやんか」
「自分で言うとる、アホちゃうの。あのな、ほんまのイケメンいうんは、工藤君みたいな人のことやで。あーほんまに格好よかったなぁ、一緒に舞台やった時幸せやった……」
テーブルに頬杖ついて視線を斜め上に向け、うっとりとした表情を見せる和葉に、平次はわずかな苛立ちを覚える。
平次と和葉が所属する事務所のビル内にあるラウンジにて、打ち合わせで訪れた時に偶然和葉に会ったのだ。テレビドラマをメインとする平次と、舞台活動を主とする和葉は、仕事で会う事はほとんどない。幼馴染でもあるので、こうして会えば会話は途切れないし、余計な気を遣わずに済むこの空気は心地よい。
現在、平次は映画の撮影に追われていた。大学生男女六人が織りなす青春ドラマだ。実際に大学に通っている平次からもかけ離れている、いわゆるリア充と呼ばれる人間達の物語。自分には無縁のような生き物を演じるのは、新鮮味があって面白い。爽やかに笑い、悩みもないように見える彼らも、人知れず苦悩を持って生きていた。
「そういえば平次、工藤君と同じ大学やんな。工藤君、元気にしてんの?」
「あー……、被っている講義も一コだけやし、今は夏休みやしなぁ」
自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながらつぶやくと、リボンでまとめたポニーテールの毛先を揺らしながら、和葉は呆れたように平次を見る。
「まぁどっちにしても、四年で卒業するって平次んとこのおばちゃんとの約束やもんな?」
「俺を何やと思ってんねん、大丈夫やって」
答えながら、確かに最近新一の姿を見ていないような気がした。その理由は自分で述べた通り、今は大学自体が夏休み期間中である事も原因の一つではある。しかし、半年ほど前までは、テレビや雑誌で新一の姿が映らない日がない頃もあった。最後に新一に会ったのはいつだっただろうか、思い出そうとするが、記憶に残るのは四人で食事をした夜の事だった。
和葉と新一と、そしてもう一人。新一が思いを寄せる宮野志保が、そこにいた。
「最近テレビで工藤君の演技見れへんの寂しいけど、また会ったらよろしく言うといてな!」
にっこりと笑う和葉を見て、再び鉛のような空気が喉元を通るが、それを無視するように平次は笑い返す。
「おう、任せとけ」
もしかしたら今演じているリア充極まりない大学生の魂が、自分の中に入り込んでいるのかもしれない。
四人で食事をしたのは四月も終わろうとする頃だ。今は涼しい風が前髪を揺らしている。青空は晴れているのに、どこか儚い秋の始まり。
ひどい雨が降っていた。台風が最も多く発生すると言われる九月、東京の天候は雨。最高気温も八月に比べたら十度以上が下がっていた。事務所のビルの前まで車を出してくれるマネージャーを待ちながら、平次は空を見上げる。灰色の空。そこは秋を映し出さない。
「君、服部平次君だよね?」
左手に持つビニル傘の存在を疎ましく思っていると、ビルの影から響いた声が雨音に混じった。思わず視線を向けると、合羽姿の男が猫背気味に平次を見ている。手にはカメラ。瞬時に状況を理解し、平次はキャップ帽を被り直す。
「なんや、おっさん」
帽子の影からぎろりと睨めば、男は怯むように笑いながらも引こうとはしない。過酷な環境で働かされている彼らは、少々の事では動じないタフさを持っている。
「ね、服部君さァ、○○大学に通っているんだよね?」
「そんなん、誰だって知っている事やろ。何やねん、今頃」
「じゃあさ、工藤新一君の事で何か知っている事あったら教えてくんないかなァ?」
激しい雨を思わせるような水滴を合羽のフードに溜め込みながら、男はへらへらと笑った。平次は眉をしかめる。
「は? そんなん俺が答えるわけないやろ」
「何でもいいんだよねェ、例えば、工藤君の恋人の話とか? あんなにイケメンだもん、相手がいないわけないよねェ、例えば過去の共演者とか?」
癖のある話し方に苛立ちを覚えながら、平次は宮野志保の姿を思い浮かべていた。平次にとって彼女との繋がりは皆無に等しいので、会ったのもあの時限りだ。
好きな人ができたんだ、とピザを食べながらも弱々しくつぶやいた新一の姿を思い出す。あれはいつの話だろうか。平次は混乱を覚えた。
「ねェ、服部君何か知っているでしょ?」
「しつこいぞおっさん、どいつもこいつもイケメンイケメンうるっさいわ!」
平次に詰め寄る男を交わしながら思わず怒鳴ったタイミングで、白いセダン車が目の前に停まった。マネージャーの運転する車がようやく到着したのだ。
平次は舌打ちをし、ドアを開ける。車が発車した後も、男は雨の中、まだそこに立っていた。
その日、次の移動現場まで車内でマネージャーから質問責めに会い、怪しいパパラッチの挑発には乗らないようにと叱咤を受けた。それからは映画の撮影が忙しくなった事もあり、そのパパラッチに会う事もなく、そんな出来事があったことすら忘れていた。大学のキャンパス内で新一の姿を見つけるまでは。
「工藤!」
入学してしばらく経てば、周囲の学生は空気を読んでくれていたが、それでも夏休みが明けて後期が始まった解放感によるものか、久しぶりに大学に顔を出すと女子学生数人に囲まれ、困惑していたところを新一が目の前を通ったのだ。平次は適当な理由をつけて女子学生達の間を押しのけ、たった数秒前に目の前を歩いていった同業者を追いかける。
「おい、工藤!」
鞄を抱えて全速力で追いかけ、新一の肩を掴むと、新一は眉根を寄せて振り返った。
「何だよ、服部」
「いや……、ていうか、久しぶりやん。そんな顔せーへんでも」
「おまえと一緒にいると目立つから嫌なんだよ」
新一はパーカーのフードを被り、ため息をつく。一時期よりはメディアへの出演が減ったとはいえ、そういえば最近の単発ドラマで彼が出演していた事を平次は思い出す。残念な事に時間を作れなくてまだそれを鑑賞できていないが。
十月の昼間の太陽が夏よりも低い場所からキャンパス内を照らしている。フードを被っていても、猫背で歩いていても、平次には工藤新一を見つける事ができる。そう確信していた。
「そういやおまえ、最近変なパパラッチを見たぞ」
九月の出来事を思い出した平次に、新一は先ほどよりもさらに訝しげな表情を浮かべる。
「パパラッチ?」
「それも、訊かれたんは、俺の事じゃなくておまえの事や」
「俺の事……?」
新一は右手の指先を顎に持っていく。彼の考える時の癖だ。
「何か思い当たる事、あるのか?」
「……何を訊かれた?」
質問に質問を返す方法で、新一は事の真相を追究する。平次は二年ほど前に大阪弁の探偵役を演じたが、よっぽど新一のほうが探偵らしいと小さな嫉妬心を抱く。
「イケメンの工藤新一君の恋人はいるのかって」
平次が言い放つと、新一は深くため息をついた。どこの所属かは知らないが、あんな待ち伏せの仕方をする記者なんて大手ではないだろう。しかし、そんな小物記者ですら掴んでいる情報は、きっと真実に違いない。
工藤新一の思う相手を、平次は知っている。ずいぶん前に新一本人の口から聞いたからだ。
「どーすんのや、工藤」
「ちょうどその事で、今からマネージャーに会ってくる」
新一はスマホを取り出し、液晶画面をじっと見つめた。じわじわと広がる噂は、とっくに新一自身を巻きこんでいたのだ。四人で飲んだ後の夜について、平次は真相を問い詰めるつもりもないし、知りたいとも思わない。
ただ新一が孤独の中で見つけた温もりを、手放さないようにと願うだけだ。