ダイヤモンド・サンセット1-2

 工藤新一と宮野志保の熱愛報道が流れたのは、世の中がハロウィンにあてられた仮装パーティー等で盛り上がり始めた十月下旬だった。映画の撮影もひと段落し、再び真面目に大学に通い始めた平次は、キャンパス内で新一の姿を探そうとするが、当然見つかるわけもない。
 平次はスマートフォンで新一に電話をかける。思いのほか、彼はすぐに応対した。

『なんだよ、服部……』

 不機嫌そうな声に、平次は思わず苦笑を洩らす。

「いや、元気そうでよかったわ」
『元気じゃねーよ。学校にも行けなかったし』
「まぁそう言いなや。普段真面目に通っとるんやから、単位の一つや二つ」

 午後のキャンパス内は、朝よりも人口密度が薄い。大学生はサークル活動やバイトに忙しい。

「工藤、おまえは今どこにおんのや?」

 事務所の力によるものか、テレビや新聞のトップニュースになっていないとはいえ、新一の自宅周辺には報道陣が少なからず集まっているだろう。平次の心配をよそに、新一は通話口の向こうであっけらかんと述べた。

『実家だから平気』

 そして講義を終えた平次は、タクシーを使って、米花町にある新一の実家へと訪れる事になった。



 初めて足を踏み入れる米花町内の高級住宅街。大きな家が立ち並ぶ中で、目印を頼りに平次はタクシーから降りる。大きな洋館の表札には工藤の二文字が浮かび、ここは確かに新一の実家のようだった。チャイムを鳴らすと、玄関のドアが開く。やたらと大きな扉だった。

「あら、いらっしゃい」

 ドアの影から顔を覗かせたのは、新一のマネージャーでもあり、母親でもあり、そして伝説の女優でもある旧姓藤峰有希子だった。

「服部君、久しぶりー! わざわざありがとう」
「いや……」

 喋りを得意とする関西人体質を持つ平次も、久しぶりに有希子を目の前にするとたじろいでしまう。有希子に促されるまま、洋屋敷とも呼べる新一の実家とやらに入り、リビングに通されると、ソファーには本を抱えた新一が座っていた。

「おう、服部」

 服部の来訪に気付いたのか、持っていた文庫本をテーブルに置き、ラフな格好をした新一は小さく笑った。少々疲れた顔だった。
 平次がコンビニで買ってきた菓子や雑誌をビニル袋ごと新一に渡すと、サンキュ、と受け取った。その手首がやけに細く、不安を覚える。

「工藤、少し痩せたか?」

 平次が遠慮もなく訊ねると、新一が困ったように笑う。そこへリビングのドアが開き、有希子がコーヒーを持ってきた。ほのかなカフェインの香りが空気中に漂う。おおきに、と平次がつぶやくと、有希子がごゆっくり、とカフェの店員もびっくりな完璧な笑顔を残して出て行った。

「役作りなんだ」

 先ほどの平次の問いに、新一はぽつりとつぶやく。

「おっ。てことは、次の仕事も決まっとるんやな。ドラマか?」
「いや、映画」

 平次がおめでとさん、と言うと、新一はサンキュ、と先ほどと同じように笑った。

「そういえば、宮野さんも今映画の撮影中らしいな。ロンドンやったか?」
「ああ、そうみたいだな」

 まるで他人事のように新一が答えるので、平次はテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、カフェインを胃の中に流し込む。
 工藤新一の初めての熱愛報道の相手は、大手事務所に所属する毛利蘭だった。女優として活動し始める売名行為だと、新一は幼馴染でもある蘭の事も気遣いながら疲弊をしていた。でも、きっと今の状況は少し違う。それでも、売名、もとい宣伝行為には変わりない。宮野志保は映画撮影中、工藤新一は映画出演が決定している。二人とも今後の映画界を担う一員として、用意された台本に踊らされているのだ。

「服部」

 コンビニの袋の中を物色し、チョコレート菓子を手に取った新一が、目の前に座る平次を正面からまっすぐに見つめる。新一の瞳の力。いつかのドラマのタイトルのように、世の中に純粋な真実が存在するとすれば、それはきっとこの透明なブルーの中にあるのだと思う。

「俺達は大丈夫だよ」

 心配かけてごめんな、と言う新一の瞳には、確かに強い意志が宿っていて、一年前に新一の自宅でピザを食べながらもスキャンダルにうなだれていた頃の彼とは違った。彼らはもう台本の上で踊るピエロではない。そして、世間の想像とは真反対に、新一は嘘を得意としない。その意思の中で、志保をどのように想っているのか手に取るように分かり、その経緯に触れた事のある平次としても、嬉しく思う。



 結局、新一の実家でくつろぎながら最近の映画や推理小説の話に花を咲かせてしまい、工藤邸を出たのは午後五時になろうとしていた。有希子に挨拶をし、大きな門の外に出る。大通りまで出ればタクシーを拾えると聞いたので、聞いた道順を辿るように、キャップ帽を深く被って歩く。
 十月にもなると日の入りが早くなる。まだ五時だというのに、今日最後の光を照らすかのように、西の太陽が街を照らし、映した影が大きく伸びていく。
 光が失われる瞬間はいつだって悲しみをもたらしていく。自殺者が多い時間は深夜だという。これから闇に向かっていく空は、悲しみをあざ笑うかのようにオレンジ色へと染まっていく。人々が美しいと感嘆する景色へと変えていく。
 日々は繰り返される。闇は永遠に続かない。やがて朝が来て、自分達は再び自分ではない誰かを演じていくのだ。その繰り返される日々の中で、新一と志保が築いた関係が強固なものであるといい。
 大通りに出た平次は、タクシーを捕まえ、自宅へと向かう。ふと和葉の声が聞きたくなり、スマホを取り出した。闇を救うのは、わずかながらも確かなものだ。