②5-2

 テレビの中で、学ランを着崩した金髪男が喋る。

『生徒会長は最低な男だよ。ジュリアに依存させるだけさせておいて、自分はのうのうと他の女と付き合っているんだからな』

 見た目よりもずいぶんと硬派な声に、清純そうな主人公の男子高校生がびくりと顔をしかめた。



「えー、工藤ってば最低!」

 テレビに向かって糾弾し始めたのは黒羽快斗だ。

「まじで? あんなにジュリア様と仲良さげだったじゃん。むしろ主人公の男のライバル的な感じだったのに、まさかの他の女がいる宣言!?」
「――黒羽君、うるさいわよ」

 ブルーパロット店内にある七十インチのテレビを見ながらぼやく黒羽に、ソファーに座っている志保がぴしゃりと言い放った。
 新一は寺井に淹れてもらったブラックコーヒーを飲みながら、胃がきりきりと痛むのを覚える。そもそも自分が出演しているドラマを黒羽と観ること自体がいじめに近いというのに、ここに志保の姿があることでなおさら気まずい。
 新一にとってテレビドラマ出演は久しぶりだった。脇役とはいえ、味のある役は演じていて面白かったし、黒羽の言う通り最低な男になり下がった気もした。だけど、それには事情もあり、新一は新一なりに傷ついていたのだ。生徒会長とはいえ、ただの高校生であった男として。
 テレビの画面に工藤新一、もとい生徒会長がでかでかと映し出される。いたたまれなくなった新一はコーヒーを飲みほし、立ち上がった。

「俺、帰る……」
「え、ちょっといいところなのに!」

 世界がひっくり返ったのを目撃したような顔で眉を八の字に下げる黒羽に嘆息しながら、新一はソファーまで歩いて、志保の肩に触れる。

「志保、おまえも帰ったらどうだ? あんまり遅くまで男と一緒にいるのは、スキャンダルの元だろ」

 新一が言うと、志保は笑いを噛み殺したようにふっと息を吐き、肩をすくめて立ち上がった。

「工藤君がそう言うなら、そろそろお暇しようかしら」
「ええ、志保ちゃんまでそういう事言うの!?」

 テレビはちょうどコマーシャルへと切り替わった。志保がソファーに置いてあったハット帽を手に取ったのを確認した新一は、キッチンで片付けをしていた寺井に挨拶をして入口へと向かう。

「工藤」

 先ほどのふざけた物とは別人のような声で、黒羽がゆっくりと新一と志保の後ろを歩いてくる。振り返ると、パーカーの前面にあるポケットに両手を入れた黒羽が、右肩を預けるように壁に寄りかかった。

「ドラマ、面白かった。最後まで見たら感想送る」
「いや、いらねーけど……」
「それから、俺が出てる『怪盗キッド』、年明け公開だから、そこんとこよろしくね」

 新一の隣で志保がハット帽を被って顔元を隠す。
 春先まで撮影していた黒羽快斗主演の映画がもうすぐ封切りになる。おそらく番宣の収録や雑誌のインタビューなどで、黒羽もしばらく忙しいのだろう。まだ九月だというのに、年内で会えるのはこれが最後なのかもしれない、と新一は思う。

「分かった。楽しみにしてる」

 新一が言うと、快斗は目を細めて、工藤ならそう言ってくれると思った、と言って笑った。たびたび顔立ちが似ていると言われてきたが、笑うと全然違うのは一目瞭然だった。



 黒羽に見送られた足で、ハットを被ったままの志保と一緒にタクシーに乗る。

「で? あんまり遅くまで男と一緒にいるのは何だって?」

 タクシーの後部座席、新一の隣で足を組んだ志保が肩肘をついて面白そうに笑った。

「……何が言いてーんだよ」
「あなたがそれを言うのは、ちゃんちゃら可笑しいわ」

 志保の言う事はもっともだった。新一は自嘲しながら、持っていたショルダーバッグからスマートフォンを取り出す。画面に表示された時計は午後十一時を示そうとしていた。そろそろ放送されているドラマも終わる頃だ。
 タクシーが到着したのは、新一の自宅だ。当然のように志保がついてきた事に、新一はほっと胸を撫で下ろす。彼女の明日のスケジュールは知らないが、それでも志保に会えたのは二十日ぶりだった。
 愛用のキャップ帽を深く被った新一は、志保と共にオートロックの自動ドアをくぐり、エレベーターのボタンを押した。元々一階にいたエレベーターのドアはすぐに開き、二人で乗り込んだ瞬間、志保が新一に抱きついてきた。

「……志保?」

 彼女の被る帽子の柄が頬に触れた。温もりが触れたのもつかの間、エレベーターのドアが再び開き、新一の住む高層フロアへと辿り着く。頭がくらくらするのは、不自然な気圧の変化のせいだけではない。かすかに香る香水によって、喉が渇きを訴える。彼女の頬に帽子の影が映る。
 新一から離れた志保は、出会ったばかりの時と同じ作り笑いを浮かべ、慣れた足取りでエレベータを降りる。彼女がここに来たのは、三回目だった。