②2-1



 失望したのは、真実に気付かないふりをしながら生きていくことに慣れていた事に対してだ。



2.Truth in your eyes



 一月から放送されたドラマの番宣も兼ねて呼ばれた朝の情報番組では、工藤新一と遠山和葉が主演を務める舞台『キセキの音』が公演されると紹介されていた。
 そういえば最近、テレビで工藤新一を見る事が少なくなったように思う。元々彼はテレビコマーシャルにはそんなに出演していないし、主にテレビドラマや映画で活躍をしていた俳優だ。それらへの出演がなくなれば、必然的にバラエティーや情報番組への出演も減る。
 だから、別撮りされていた新一の姿を画面越しで見るのは、久しぶりだった。

「それでは、今夜最終話放送の『瞳の中の真実』、宮野さんに見どころを語ってもらいます!」

 マイクを向けられる事も、カメラに視線を合わせる事も、まだ慣れない。志保は女優である宮野志保を演じる。それは、俳優である工藤新一を演じる新一を真似て、志保も必死になっているだけだ。
 『ムーンライト』以来共演することのない工藤新一の背中を、志保は今も追いかけている。



 夏に出演した舞台『甘い毒』で共演した遠山和葉からも誘われていた『キセキの音』を観に行くことができたのは、公演初日から二週間が経った四月終わりの事だ。
 しかし関係者席ではなく、役者の熱気を感じる席で閲覧したかった志保は、自分でチケットをとり、オフの日に劇場へと赴いたのだった。

「ほんまに志保ちゃん、来てくれたんやなぁ」

 本番後に寄った楽屋で、和葉は感嘆とため息をついた。話す言葉は彼女らしい関西特有のイントネーションだが、まだ少し先ほどまで演じていたピアノ弾きの少女の雰囲気をひきずっているようだ。すでに衣装であるセーラー服を脱いでいるが、どこか心が遠く感じる。

「お疲れ様、遠山さん。すごくよかったわ」
「ほんまに……?」
「ええ。一度先輩から離れたあなたが、自分から駆け寄るシーンは、鳥肌がたったもの」

 志保がつぶやくと、ようやく和葉は和葉らしく笑った。

「ああ、それ、工藤君のおかげやね」
「そうなの?」
「あの時の工藤君、アドリブやったし」

 けらけらと笑う和葉に、志保も心当たりのあるシーンを思い出した。ステージに立つ新一と目が合ったかもしれない、と思ったのは一瞬で、その後の新一は観客も震えあがるくらいの剣幕で和葉に怒鳴り、その後和葉を抱きしめた。天才同士の生きにくさと、それでもお互いを必要とする感情に、志保の周囲からは感動による啜り泣く声が聞こえたほどだった。

「そういえばな、今日アタシの幼馴染も来てくれてん」
「幼馴染?」
「服部平次。前にも話した事あったよな?」
「ああ……」

 新一や和葉と同い年の服部平次には実際には会った事がないが、彼の出演する映画やドラマはよく見ていた。シリアスなシーンは男前に、コメディな役ではお調子者に、七変化する様は見ていて気持ちがよかった。

「この後、平次とご飯行くねんけど、志保ちゃんもどうや?」
「え……、私が行ってもお邪魔なんじゃ……」
「大丈夫やって! 平次、志保ちゃんに会ってみたいって言うとったもん。『ムーンライト』も観とったみたいやし、うちらが一緒に出た『甘い毒』にも観に来てくれたんやで!」

 テーブルに置かれていた鞄からスマートフォンを取り出した和葉がにこり、と笑い、スマホを片手で操作し始めた。耳に当てて通話をし始める。相手は服部平次のようだ。

「あ、平次。アタシや! 今どこなん? ……今日な、志保ちゃんも来てくれてるねん。今からそっち行くし」

 スマートフォン越しにそれだけ言い放った和葉が通話を切り、志保の手を取った。

「平次、工藤君トコにいるみたいや。工藤君も一緒やったら、志保ちゃんもええやろ?」

 ステージの上で先輩に恋焦がれていた少女はもうどこにもいなかった。和葉の言葉に志保は言葉を詰まらせる。いいわけがない。そう言いたいのに、ただ彼女の後ろを歩いて行くだけで精一杯だった。