カーテンの外はすっかり暗くなったようだ。照明のないこの部屋も当然暗闇で、だけど目が慣れているせいで目の前にある寝顔をしっかり眺める事が可能だった。
私はその寝顔に手を伸ばす。規則正しく響く寝息が幼くて、今は閉じているこの瞳が色を持って私を全てさらけ出したのかと思うと、布団の中に潜りたくなるくらい恥ずかしい。
それでも、とても幸せだった。
私の指が江戸川君の髪の毛に触れると、寝息のリズムが崩れ、江戸川君はうっすらと目を開いた。
「あれ…、俺寝てた?」
「ええ」
今度は起こさないようにと気を使わずにしっかりと彼の頭を撫でるようにすると、江戸川君は私の手を掴んで、引き寄せた。必然的に私の頭は彼の腕の中におさまり、その温もりが息苦しくて心地よい。
「ごめん」
「何が?」
「終わった後、男がすぐに寝るのって女子的には傷つくんだろ?」
どこから仕入れた情報なのか、いつもは無神経なはずの彼が神妙につぶやくものだから、私は思わず笑ってしまう。
傷つくものか。壊れ物に触れるかのように恐る恐る、それでも本能に勝てずに私を抱きしめた彼を、そんな風に思うはずがない。
「…なんで笑うんだよ」
笑ったまま何も言わない私に、江戸川君は不貞腐れる。
「そんなもので私は傷つかないわ」
そんなに弱くない。そう思いながら彼の頬に触れて唇を近付けると、すぐさまそれに応えるようにキスをされた。深い深い、再び身体の芯がうずいてしまうようなキスだ。
一度線を越えてしまえば、どんな行為だって怖くない気がするから不思議だ。
再び江戸川君が私の上に乗ってキスに夢中になっていると、江戸川君のお腹が鳴った。唇を離してお互い至近距離で見つめ合い、噴き出すように笑い出す。
「腹減ったな…」
「うちで食べる? 博士もお腹をすかせてるかも」
「どんな面を下げて今から博士に会えと?」
「あなたが態度に出さなければバレやしないわよ」
秘密を共有するように江戸川君の唇に人差指を押し付けると、彼は仏頂面のまま起き上がった。私も身体を起こして、床に落ちてあるセーラー服を拾い上げる。
私を抱きながら切なそうにつぶやいた江戸川君の言葉を思い出す。まさか黒羽君の名前をここで出すとは思わなかった。私は、長い間私を想ってくれた江戸川君を傷つけていたのだとはっきりと分かった。
だけど謝罪を言葉にすることは無意味なのだ。それは江戸川君から工藤新一の人生を奪ったのと同じように。
だから私は江戸川君を抱きしめる。
「は、灰原、どうしたんだ?」
私と同じように再び着終えた江戸川君の制服からも、江戸川君の匂いがした。突然後ろから抱きついた私を不思議そうに江戸川君はうろたえる。
何も答えない私に、江戸川君は身体をよじって、私を抱きしめ返した。彼の鋭い瞳は、私の心を読んだのだろうか。好きだなんて簡単に言える性格じゃないから言えないけれど、伝わっているといい。
「やっぱ久しぶりに博士ん家で飯食おうかな」
この心の中とは少しベクトルの違う事を意図的に言葉にした江戸川君の優しさに触れ、私はゆっくりとうなずき、今日の夕食のメニューを考えた。
(2015.4.4)