寝苦しい熱帯夜、なかなか寝付けずに何度も寝返りを打った。そのたびに無意味に枕元にある携帯電話に手を伸ばしてしまう。
就寝前に液晶画面を見るのは不眠の原因だと何かの雑誌で読んだけれど、この携帯依存の時代にそれをしないのは不可能に近い。
コナンは携帯を手に、寝付けないことに苛立ちながら、起き上がった。クーラーをかけているはずなのに、背中がじっとりと汗で湿っている気がする。
そのままベッドを降りて、カーテンを開ける。外には見事な月が空を照らしていた。その存在感に息を飲む。今日は満月らしい。
別のクラスの灰原哀に、好きだと告げたのは三日前のことだ。
小学生の頃から一緒にいて、同じ境遇で、話も合って、何より自分の存在が認められた気がして、気付いたら自分のものにしたいと思っていた。
だけど彼女の考えていることなんて見えてこないし、そもそもクールな彼女に恋愛感情というものが存在するのか謎だけど。
でも、少なからず好意はあるだろうと自負していた。
なのに。
「暑さで頭やられているんじゃない?」
勢いによるものだとは言え、一世一代の告白に対してあまりにもひどい返事を冷たくのたまった彼女は、それからコナンの前に姿を現さない。
窓から阿笠邸を見てみるけれど、明かりはついていない。窓を開けると夜の風が舞いこんできて、思いのほか涼しかった。
午前一時。コナンは携帯電話をプッシュした。
『…もしもし?』
受話器の向こう側で、不機嫌な声が答える。
「あ、俺だけど」
『あなた、今何時だと思っているの』
呆れた声で彼女はそう言うけれど、そのレスポンスの早さからして、彼女もまだ眠っていないはずだった。それは熱帯夜のせいだからか、それとも。
「なぁ、外見てみろよ?」
『え?』
「外」
彼女の部屋は地下にあって、すぐに見えないだろうことは想像つく。
コナンは携帯を持ったまま寝室を出て一階に降り、外に出た。やはり風が心地よい。
『あなた、本当におかしくなったの』
「何もおかしくなってねーよ。いいから、外出てこい」
歩きながら、阿笠邸の門の前に辿りつく。同時に玄関のドアが静かに開き、パジャマ姿の哀が姿を見せた。
「…こんな時間に何なのよ」
「おまえさ…」
無防備なその姿を複雑な表情で見つめながら、コナンは嘆息する。
「俺が言ったとはいえ、電話ひとつでそんな恰好で外に出るなよ」
「誰のせいだと思ってるのよ…」
哀はコナンを睨む。そんな表情ですら、今では愛しい。
コナンは手を伸ばして哀の髪の毛に触れた。風呂上がりからまだそんなに時間が経っていないのか、少し湿っている。
「月が綺麗だったから、思わず電話しちまった」
何の悪びれもなくコナンが言うと、今度は哀がため息をつく。
「そんな理由でこんな真夜中に呼び出さないでくれる?」
「おまえが好きだから」
先日と同じ科白を言う。
冷静に言えるわけではない。冗談でもない。それはきっと哀だって分かっているはずだった。コナンは哀から手を離してまっすぐに哀を見つめた。
「好きだから、綺麗なものを見せたかったんだ」
年齢を重ねるごとに綺麗になっていくその姿に、それ故クラスの男子の間でも話題にのぼることに、焦燥感を覚えた。
ただ彼女のことが頭から離れない。
いつかこの手をすり抜けて失ってしまうなんて、考えられない。
哀の緑がかった瞳が、コナンを見つめ返す。
こんなに覗きこんだって、結局彼女の思いは見えない。
「…おまえはどうなんだよ」
だから言葉にするしかなくてもどかしい。コナンが不貞腐れたようにつぶやくと、哀が柔らかく微笑み、
「馬鹿ね…」
手を伸ばして、コナンの頬に触れた。
心臓が締め付けられたような感覚に陥った。このまま死んでも幸せなくらい、その指の感触は優しくて。
言葉にしなくても、伝わった。ただ触れられただけで脳のシナプスに伝達される。
それは確かな、愛情のサイン。
タイトルは鬼束ちひろの曲から頂きました。
(2014.7.21)