今世紀最強の恋人


「灰原…!!」

 切羽詰まった声と共にドアが激しく音を鳴らした。そこには高木も見たことがないくらいの焦りを見せたコナンが息を切らして立っている。

「あ、コナン君…」
「高木刑事…、灰原は!? 灰原はどこなんですか!?」

 高校一年生になった彼は出逢った頃よりもずいぶん背が高くなり、詰め寄れて圧倒されそうになりながら、高木は指をさす。

「あっちに…」
「騒々しいわね」

 高木が言い終わらない内に、奥の椅子に座っていた哀がコナンを見て嘆息した。

「…おまえ、怪我は?」
「はぁ?」

 物々しい空気に、哀は首をかしげる。
 高木刑事から連絡を受けて警視庁の一室にやって来たコナンは、状況を飲み込めない顔で呆然としている。確かに高木の説明が足りなかったかもしれない。だけど、と高木は思う。話を最後まで聞かずに慌ててやって来たコナンにも落ち度はある。



 哀が下校中の通学路で、車の接触事故があった。
 車の破損や怪我の具合も大きく、哀が警察に連絡をした。しかも後で分かったことだが、なんとその片方の車の運転手が現在指名手配されている強盗犯だった。その状況を話すために警視庁にやって来たのだ。
 警視庁に着き、事情説明もひと段落着いた頃、哀は少々慌てた様子で、「携帯の電池が切れてしまったわ」と言い出した。なぜそんなに慌てているのかと高木が問うと、「江戸川君に心配かけてしまう」との事。
 なぜ保護者であるはずの阿笠氏ではなくコナンなのかという疑問がなかったわけでもないが、事故の状況を詳しく話してくれた手前、高木は聞けないまま言われた通りにコナンの携帯電話に電話をしたのだ。

「もしもし。コナン君、高木です」
『高木刑事? お久しぶりです、どうかしましたか?』
「急にごめんね。実は、警視庁で君の友達の灰原さんに来てもらってて」
『え、灰原が?』
「前に起こった強盗事件の犯人が事故を起こして、それで…」

 そこまで高木が言った後、電話がぷつりと切られて、その後は鳴らしても音信不通だったコナンが、顔を見せたかと思えば、何かを勘違いしている。



「…私は携帯の電池がなくなったから、高木刑事に連絡をしてもらっただけだけど」

 高校の制服を着た哀が、高校生らしくない表情でコナンを見据えた。

「あなた、何か勘違いしてない?」
「…強盗犯に何か危害を加えられたんじゃなくて?」

 肩で息をつきながら、コナンはまじまじと哀の顔を見つめ、そのまま哀の傍に寄った。そして両手で哀の頬に触れる。

「怪我はねぇんだな…?」

 頬においた手は確かめるように髪の毛をなぞり、再び頬に戻ったかと思うとそのままコナンは哀を抱きしめた。

「…よかった」
「江戸川君…?」
「犯人に捕まったのかと思った」

 安堵の息を吐くコナンに、哀はそれこそ高木も見たことないような微笑みをこぼして、「馬鹿ね…」とつぶやいた。
 高校生同士のその抱擁は、下手なテレビドラマよりもドラマティックで、赤面した高木は思わず咳払いをしてしまった。それに気付いた二人が、我に返って身体を離し、お互いあさっての方向を見つめる。



 出逢った頃から歳相応じゃない二人だったけれど、今ではそういう関係らしい。全然知らなかったなぁと思いつつ、高木は事情聴取に協力してくれた哀に礼を言って、玄関先まで見送ることにした。

「おまえ、紛らわしいことすんなよ。高木刑事にも迷惑かけて」
「あら、高木刑事の話を最後まで聞かなかったあなたが悪いんじゃなくて?」

 先ほどの二人はどこへやら、以前と同じような言い合いをしているようだが、横に並ぶ二人の間には他人に計り知れないほどの信頼があるような気がして、そんな二人を後ろから見守りながら高木は口元を緩ませた。

「…悪かったよ。お詫びに飯、奢るから」
「それなら駅前のレストランのフルコースがいいわ」

 気付けば哀の手がコナンの制服の裾に触れている。
 高校生らしい会話とは思えないが、それでも甘酸っぱさを見せてくれた二人に羨望を抱きつつ、今日こそは早く仕事を終わらせて愛する家族の元へ帰ろうと高木は思ったのだった。



ポルノグラフィティの「CENTURY LOVERS」をイメージして書きました。
(2014.7.22)