――小学四年生・秋――
夏休みにはずいぶんと解放感に満ちていたはずなのに、時間が過ぎればきっちりと箱に当てはまるように再開した学校生活に馴染んでいくのだから、自分の適応力には苦笑するしかない。
窓の外では夏が永久に続いてしまうのではないかと疑ってしまうほど、青い空からはさんさんと太陽が光を注いでいる。
「ねえ、コナン君」
ランドセルに教科書を片付けていると、同じクラスの歩美が様子をうかがうようにコナンの席に近付いた。
「哀ちゃんは、まだお休みなの……?」
知り合ったばかりの頃よりも長くなったストレートヘアの毛先をさらりと揺らしながら訊ねる歩美の姿に、コナンは放課後の今になって、今日一日誰とも話していない事に気づいた。歩美が自分に気を遣うはずだ。
責められているわけではないと分かっているのに、責められている気がするのは、後ろめたさがあるからだ。
小学校の放課後の教室内は混沌としている。授業から解放された喜びと、一日の終わりが近づく焦りが、窓から吹き抜ける風に一緒に乗せられていく。
「俺は、何も聞いていないけれど」
ランドセルの蓋を閉めながらコナンがつぶやくと、歩美は不服そうに頬を膨らませた。
「コナン君って、薄情だと思う」
どこでそんな言葉を覚えたのか、無駄かつ容赦のない一言でコナンを責めた歩美は、背を向けて廊下へと出て行ってしまった。歩美の事だから、何度も阿笠邸に足を運んでるに違いない。しかし、哀が応じた事はないのだろう。
その理由を思い、コナンは胸元を抑える。痛みを吐き出すように、ため息をついた。
もうすぐ完成すると言われた解毒剤は、完成しなかった。お盆の明けた頃、哀からの電話でコナンはそれを知った。
ひどく事務的な声色に不安を覚えながらも、コナンは哀への言葉のかけ方を見失ってしまった。とっくに片付いた宿題の山を見つめながら、思い浮かんだのは哀の浴衣姿だった。
成り行きで哀と二人で行った夏祭りの夜から二週間が経っていた。夜空に浮かんだ花火の色、食欲をそそる屋台の光、そして、大人びて見せた哀の浴衣の菫の花。
学校からの帰り道、ランドセルを背負ったコナンは、ポケットからスマートフォンを取り出した。灰原哀の名前を呼びだし、コールする。この作業も、もう数えきれないほど行っている。
『もしもし』
通話が繋がった事に驚いたコナンは、スマートフォンを握りしめながらも呆然とアスファルトの上に立ち尽くしてしまった。スピーカーの向こうで、もしもし、と怪訝な声が再び響き、はっと我に返る。
「ごめん、俺」
『どうしたの、何か用?』
まるで音信不通だったこの数日間の存在などなかったように、変わりない声で哀が問う。コナンは戸惑いながらも、口を開いた。
「いや、……どうしているかなと思って」
ひどく曖昧な言葉が口元から零れてしまった。スマホを持っていない方の手のひらで額を叩く。
すぐ横にある車道を大きなトラックが走り去り、そこで生まれた生ぬるい風がコナンの前髪を揺らした。
『江戸川君』
いつもと変わりのない様子の哀が言う。
『今から、こっちに来れる?』
断る理由なんて、あるはずがない。