call my name

 こんなに空気は冷え切っているのに雪も降らず、今日も快晴だ。
 元太と二人で歩くことはとても珍しい。無邪気で後先を考えない彼をいつも子供だと一線引いていたけれど、思いのほか対等に話せると思った。

「灰原、おまえコナンと付き合っているのか?」
「どうして?」
「オレ、夏休みにおまえらがキスしているのを見た」

 元太の言葉にぎょっとして、思わず哀は足を止めた。元太はまっすぐに哀を見ている。
 哀は記憶を辿る。確かに夏休みの間に学校の図書館に二人で通った。その道中で時々コナンは哀にちょっかいをかけてきた。人がいないことを確認していたはずだったのに、まさか見られていたなんて。

「…そう」
「で、どうなんだよ? オレらに何も言わねーで、水臭いじゃんかよ」

 拗ねたようにつぶやく元太が口を尖らせる。哀は動揺を隠すように鞄を持っていない左手をコートのポケットにつっこみ、再び歩き出す。

「付き合っているのかと言われたら、そうかもしれないわね」
「…なんだよ、それ」
「微妙なところなのよ」

 付き合おうと言われたわけでもない。好きだと言われてもいないし、言ってもいない。聞かれたけれど曖昧にはぐらかしてしまったことを小さく後悔する。
 だけど哀とコナンはそれとは違うところで繋がっていると思い、敢えて考えないようにしていたのかもしれない。それを言葉で説明することはひどく難しくて、哀は嘆息した。

「ずっと隠してて、ごめんなさい」

 哀が言うと、

「オレは別にいいけど。歩美はどうすんだよ」

 元太の口調が責めるものに聞こえて、哀は視線を落とした。

「今頃、江戸川君が伝えているはずだわ」
「そっか…。ごめん」

 きっとその謝罪は少しでも哀を咎めるように言ってしまったことへのものだろう。素直な元太に、哀は思わず苦笑する。

「私達や吉田さんのことばかりだけど、小嶋君自身の気持ちはどうなの?」
「へ?」
「吉田さんのことが好きなんでしょ?」

 哀の言葉に元太は途端頬を赤く染めて、後ずさりする。

「な、な、なんで…」
「…バレてないとでも思ってたの?」

 呆れたように言う哀にうなだれる元太は、身体は大きいのに小心者で、そのギャップが可笑しい。

「吉田さんは優しくていい子よね」
「…そんなん昔から知ってるぞ」
「私の友達であることが、申し訳ないくらい」

 今頃コナンと歩美はどんな会話をしているのだろうか。歩美は泣いていないだろうか。自分が心配するのはおこがましいけれど、泣いていないといいと思ってしまう。
 哀が自嘲気味に言うと、元太は怒ったような顔つきになって、

「あのな。オレは歩美を好きだけど、灰原だってオレの友達なんだから、そういうこと言うなよな」

 叱咤するように言う元太も心優しくて、やっぱり見くびってはいけないと思った。
 思えば危険にさらされた時に女の子だからと守ってくれたのは、元太も同じだった。



 元太と別れて阿笠邸に帰ると、コナンが先に帰っていてソファーに座っていた。

「おかえり」

 飽きもせずに手元には推理小説。冬休みに読んでいた本とは違うので、また新しい一冊に手を出したのだろう。

「小嶋君に会ったから一緒に帰って来たわ」
「あ、そうなんだ」

 小説にしおりを挟んで鞄にしまいながら、コナンは立ったままの哀を見上げた。

「歩美ちゃんがさ、また夏にキャンプ行けるかなって」

 その言葉に、哀は湧き上がる感情を抑えるように唇を噛んだ。

「…私、本当に最低」
「どうしたんだよ?」
「一番辛いのは彼女なのに、やっぱり許されたいと思っていたんだわ」

 目頭が熱くなり、その場に座り込んだ。コナンはゆっくりと手を伸ばして哀の頭を撫でる。
 そしてコナンにも言えないことがある。こんな状況なのに、コナンと歩美が二人並んで帰った事に嫉妬していたのだ。クラスメイトの声を聞いた時から。…それよりも前の、コナンが歩美に話すと哀に伝えた時から。
 なんて自分勝手な感情だろう。いつも自分のことばかりだ。

「灰原、そんな顔をするな」

 コナンもソファから降りて、哀の隣に座り、同じ目線で哀の顔を覗きこんだ。

「そんなもんなんだよ」
「…そうかしら」
「少なくとも、おまえは今まで人一倍気を使って俺達を守ってくれたんだ。これからはそのくらいでいい」

 まるで小さい子をあやすように微笑むコナンの表情は優しい。明日歩美に会いに行こうと哀は思った。