いつもと同じように食事をし、シャワーを浴びて洗面所をを出ると、リビングからコナンと博士の話声が聞こえてきた。ぼそぼそと二人が内緒話をするような光景は昔からよく見たので、特別なこととは思わない。
しかし、自分を示す固有名詞が聞こえて、思わずスリッパを履いた足を止めた。
「ああ見えて哀君は弱いところもある。君がしっかりするんじゃぞ」
「…分かってる」
博士の言葉に、コナンが低く答える。
自分のいないところで語られるそれはとても真剣で、心臓が握りつぶされたように痛くて、幸せだと思った。
「何の話をしているの?」
だから何も聞こえなかったふりをしてリビングに戻ると、二人は幽霊を見たかのように哀を見た。コナンの頬が少し赤い。
「さぁて、ワシはそろそろ寝るかの~」
リビングを出ていく博士の行動はいつもと同じなのにどこか不自然で、棒読みでつぶやいたその科白にはあとは若い者同士でというお節介さを感じるけれど、昼間に見た温かさを感じて、哀はその背中に「おやすみなさい」と声をかける。
そしてコナンの座るソファーに腰をかけた。
「博士と何を話していたの?」
もう一度哀が問いかけると、コナンは頬を染めたままそっぽを向いた。
「何でもねーよ」
そんな彼の姿がおかしくてくすくす笑っていると、ようやくコナンは哀を向き、少し距離をつめる。
「灰原」
「ん?」
「おまえさ、俺を好きだったのか?」
今更な質問に、思わず哀は目を見張った。コナンの表情はどこまでも真剣で、なんて女心の分からない男なんだろうと呆れさえする。
「…さぁ?」
意地悪な笑みを向けると、コナンも少しだけ頬を緩めて、哀の癖がかった髪の毛を指に絡める。
「髪、まだ湿ってんぞ」
「そのうち渇くわよ」
「風邪ひいても知らねーぞ」
哀の華奢な身体はその腕に閉じ込められる。ソファーの上で抱きしめあう体勢になり、哀はその温もりを少しでも感じようと無意識に目を閉じる。
彼を好きだったのだろうか。恋をするということはきっとそういうことだけど、自分を狂わせた感情はそんなに簡単なものではない気がした。
「あなたはどうなの」
「え?」
「…なんでもないわ」
腕の中で哀はつぶやく。何なんだよ、と耳元で不貞腐れた声がする。
私を好きなの? と聞こうとして、やめた。今は必要のないことだと思った。
「ちゃんとあいつらにも話さないとな」
少しこわばった声でコナンはつぶやく。哀は目を開けて、身体を離してコナンを見た。コナンの濡れた瞳が哀を映す。
「そうね」
「…歩美ちゃんにも」
「ええ」
自分よりも優しくてずっと強い親友を思う。彼女はこんな自分を許してくれるだろうか。…許されなくてもいいかもしれない。ただ失いたくないと思う。これ以上にないほどの温かさをくれた彼女が、自分を理解してくれることがあるだろうか。歩美がコナンに振られたと告白してきた時さえ、自分は真実を話せなかったのに。
哀の不安を読み取ったように、コナンは優しく微笑み、大丈夫だとつぶやいた。不思議とそれは適当な言葉には聴こえず、思わず哀も微笑んだ。