一緒に生きていこうとコナンに告げられた大晦日の夜、ひとおり抱きしめ合った後は阿笠邸を出て工藤邸へと移り、コナンのベッドで離れていた時間を埋めるように、二人の時間を過ごした。
これまで数え切れないほど抱き合ったはずなのに、妙に照れ臭くて、一枚一枚服を脱がせ合う時も、唇を重ねる時も、一つ一つの動作で二人してくすくすと笑い合ってしまった。それをかき消すようにコナンの手が哀の白い肌を辿り、それはいつも以上にゆっくりとした動きで、繊細だった。だからちょっとしたことが刺激になり、吐く息に声が混じった。
「…江戸川君」
「なに?」
「なんか、いつもと違うわ」
口元を手の甲で抑えながら途切れ途切れつぶやく哀に、哀の鎖骨あたりに唇を落としていたコナンがそのまま笑った。
「俺も」
コナンの手が哀の髪の毛に触れる。その瞳にはいつもと同じ欲情で揺れていたけれど、その奥には優しさが見えて、哀の心が震えた。
声を漏らさないようにと口元にあてていた手をコナンの大きな手が奪い取り、そのまま指をからめる。そしてもう片方の手で確実に哀の快感を引き出しながら、優しくキスをする。そのギャップとじれったさに狂ってしまいそうだった。
「…哀」
コナンの形のよい唇からつぶやかれた声に、哀は閉じていた目を見開く。覗きこめるくらい近い距離のその瞳は確かに哀を映していて、
「哀」
名前を、呼んだ。思わず哀はコナンの頬に触れる。少しくすぐったそうにコナンは艶のあるため息と一緒に微笑みを漏らし、何度も哀の名前をつぶやいた。
たったそれだけで心が満たされる。これまでは終わりの見えない渇望のぶつけ合いだったけれど、その夜のそれは確かに愛情の示し合いだった。
コナンが阿笠邸を出て行った後、気まずい沈黙が走る。哀は博士の隣に座った。
「博士、初詣に行かない?」
その提案に、拗ねていた博士がちらりと哀を見る。
「…どうせコナン君も呼ぶんじゃろ」
ここまで感情をあらわにする博士は珍しい。そのよほどの事に胸を痛めながら、だけどその拗ね方がどこか可愛らしくて哀は思わず苦笑する。
「呼ばないわ。二人で行きましょう」
哀が博士に手を差し出す。さすがにその手をとることはしないが、博士はその重そうな腰をあげた。
正月の神社はどこも混んでいる。博士の健康も兼ねて、徒歩圏内の神社に歩いていくことにした。冬の日差しが柔らかく景色を照らしている。
「晴れてよかったわね」
「そうじゃのう」
手袋をはめた手をこすり合わせながら、博士はゆっくりと歩き、哀はそれに合わせて隣を歩く。
「去年は吉田さん達と一緒に初詣したわね」
「去年というより、毎年じゃな。今年は誰も来ないのう」
どこか寂しそうに微笑む博士は、誰よりも五人の成長を感じているのかもしれない。
ふと、博士が足を止めた。すぐに気付いた哀は振り返る。
「…博士? どうかした?」
哀が博士の元にかけよると、博士はまっすぐに哀を見つめた。
「よかったのう、哀君」
揺れる瞳が哀を映し、なんとも言えない気持ちになった。
哀は黙ったまま、同じくらいの身長の博士を見る。微笑む目尻の皺は確かに日を追うごとに増えていた。自分を拾ってくれた時から八年という月日の中でどれだけの愛情を注いでくれたのか、哀は分かっているつもりだ。
「コナン君を想っておったんじゃろう」
「………」
誰にも気付かれないように蓋をしていたはずの気持ちを指摘され、どこか後ろめたくて思わず視線を逸らす哀に、
「君にも幸せになる資格があるんじゃよ」
その声は優しくて、哀は唇を噛んだ。
秘密にしていた。自分の想いも、コナンとの関係も。それは知られたら博士が悲しむと思ったからかもしれない。赤の他人の自分を無条件に拾ってくれて大切にしてくれた博士が自分の幸せを願ってくれているのを、どこかで感じていた。だけど改めて言葉にされると、気の利いた言葉を返すことも出来なくて、
「…ありがとう、博士」
ゆっくりと哀がつぶやくと、博士はこれほどの幸せはないと一粒の涙をこぼした。