目を覚ますと見慣れない光景があった。
厳密に言えば見慣れた天井ではあったのだが、それは深い眠りから覚めたときに見るものではなかったし、西向きの窓から差し込む朝日はとても穏やかだ。そういえば今までこの部屋で過ごした時間はいつも夕方で、強い西陽が差し込んでいたことを哀は思い出す。
普段との違いに、ちょっとしたことなのに幸福感が漂う。
隣に目を向ければ、自分にくっついて眠るコナンのあどけない寝顔。哀はそっと唇に触れる。昨夜、この唇が哀の全身に触れて哀の名前を紡いだ。どこか気恥ずかしくて、夢のように信じられない出来事だったけれど、でも記憶は鮮明だ。
「…何やってんだよ」
低い声がつぶやかれる。コナンがゆっくりと目を開け、しかめ面で哀を抱き寄せた。素肌が触れ合うのは気持ちいい。特に、こんな寒い冬の朝は。
「よく眠れたか?」
「ええ」
哀もコナンを抱きしめ返す。そんなに日焼けしていないその胸は男の匂いがした。自分よりも広い肩幅。とても安心する。
「あけましておめでとう、江戸川君」
「あー…そういえばそうだったな」
コナンは苦笑し、おめでとう、とつぶやいた。
本当はもう終わりにしようと思ったのだ。これまでは顔を合わせてしまう関係だったが、別の高校に通うことでようやく縁を切れると思った。
これまで曖昧な関係のまま、でも付き合っていないからと自分に言い聞かせて、ずるずると関係を続けたことを悔んだのは事実だった。純粋な瞳を向ける親友に対しても、本来のコナンの幼馴染に対しても、何よりコナン自身に対しても。
そうやって頑張って頑張って忘れようとして二週間過ごしてきたのに、大晦日である昨夜、あどけない顔をしたコナンがやって来た。そして思いもよらない科白を吐いたのだった。
哀だって本当は、コナンがいないと生きていけないくらい依存してしまっている。それは出逢う前の、縛られていた組織を抜け出して、行くあてのないなか工藤新一を探し求めた時から。
出逢ってから八年間、これでは駄目だと言い聞かせてきたのに。
なんて人は弱いんだろう。今ではこんなに幸福を噛み締めている。
「朝帰りになってしまったわね…」
昨夜着ていた服をそのまま着て、ベッドメイクを済ませてリビングに向かう広い廊下の途中、寒さで両手をこすり合わせながら哀がため息をつくとコナンは哀の頭を撫でた。
「俺も一緒に怒られるよ」
こんな自分を実の娘のように可愛がり、心配をしてくれた博士を思う。これ以上嘘はつけなかった。
昨夜、一緒に生きていこうとコナンは哀に告げた。
現在、阿笠邸のリビングで、二人並んでソファーに座っている。その前でそっぽを向いた博士が不貞腐れていた。
「博士、ごめんなさい」
哀が何度目かになる謝罪を口にする。その横でコナンは哀の手をぎゅっと握りしめた。
「心配かけてしまったこと、悪いと思っているわ」
「博士。俺も悪かった。ちゃんと連絡すればよかった」
コナンも口を開くと、博士がちらりとこちらを見て、
「ふーんじゃ。ワシに何も相談なしで、ワシだけ仲間外れじゃ」
実の娘のように可愛いであろう哀が朝帰りをしたというのに、博士の怒りどころも少しズレている。一瞬呆気にとられた哀だったが、すぐにコナンを向いて、
「江戸川君。私、博士と二人きりで話したいから悪いけど帰ってもらえない?」
と切り出した。当然のように、コナンは「はぁ?」とあんぐりと口を開ける。
「お願い、江戸川君」
テレビで見るような可愛いキャラにはなれないけれど、静かにそう頼むと、不覚にもコナンは少しだけ頬を赤くして、「分かったよ…」とそのまま阿笠邸を出て行った。