5-3

 言葉を伴わせることもできなかったのに、一度手に入れば満足すると勘違いしていた。


5.Old years -関係の始まり-(2)


 それは無意識の下の衝動的な行為だった。
 そのまま華奢な身体を床に押し倒すと、あっけなく俺が灰原を見下ろす体勢となった。
 頭の裏側で現状を把握するのに精一杯で、どこか幼さを残した顔で俺の見上げる灰原に一瞬、理性が働く。だけど、今更この体勢を戻せるはずもなく、灰原のその表情にどこか安堵して、もう一度灰原を抱きしめた。俺の体重が彼女に圧し掛からないように。
 出逢った頃は同じくらいの背丈だったはずなのに。
 いつの間にこんなに小さくなったのだろう。

「江戸川君…?」

 聞いたこともないようなか細い声が、俺の耳元で囁く。それには答えずに再びキスを落とすと、戸惑いながらも灰原はそれに答えた。それが単純に嬉しくて、彼女の頭を撫でながら何度もキスをする。
 そして床に流れる茶髪に顔を埋めれば、香る甘い匂い。
 彼女にもっと近付きたくて、口付けをしながら夢中で黒いセーターをたくしあげる。耳元で聞こえた甘い吐息。鎖骨あたりを強く吸えば、赤く残る痕。胸元に手を伸ばせば想像以上の柔らかさに、眩暈を起こしそうになる。
 いつか駆り立てられた独占欲がよぎり、それを打ち消すように愛撫を続けた。
 彼女の手の平が、俺に触れる。顔を向ければ彼女は慈しむように微笑み、長い指が俺の頬をなぞる。

「…灰原」

 その手つきがこれまでに考えられないほど優しく俺に触れていく。
 なぜか急に泣きたくなった。
 そんな自分を見られたくなくて、何も身につけていない彼女の胸元に顔を寄せ、誰も触れたことはないであろう太ももに手を伸ばす。そのもっと奥にある濡れた感触に、喉が鳴る。
 失った輪郭を取り戻す。
 彼女の腕が強く俺を抱きしめる。
 俺を求めている体温に、俺は目を閉じた。これまで不安定だった江戸川コナンという存在を認められた気がした。



 友達になった覚えなどない。同じ境遇だったから一緒にいた。相棒だとか運命共同体だとか、そんな言葉を出したのは自分だったように記憶しているけれど、そもそも出逢ったときからその関係に名前なんてなかったのだ。
 博士の家のリビングの床の上で、素っ裸で抱きしめ合う。終わってしまえばなんて滑稽な姿。それでも即物的な俺は、この感触に飢えていたのかもしれない。

「灰原、ここで寝るなよ?」

 人の素肌がこんなにも温かいことを初めて知った。俺が静かにつぶやくと、目を閉じていた灰原がまっすぐと俺を見つめた。

「…身体が痛い」
「ごめんって」

 場所も選ばずに暴走してしまったことを素直に詫びると、灰原は少しだけ目を細めて、俺の髪を撫でた。

「またいつでも付き合うわ」

 彼女が何を思ってこの科白を吐いたのか知らない。
 妖艶に微笑んだ彼女は俺のジャケットを胸元に抱きしめて起き上がり、風呂場へと消えていった。その白い背中を見て、寂しさに襲われた。
 さっきまであんなに近くにいたのに。
 また手を伸ばしてしまいたくなる。この渇きを潤したくなる。じゃないと俺はまた不安定な存在になりそうで、自分では対処しきれない感情に押し潰されそうだった。まるで中毒だ。
 たったつい先ほどの彼女の表情を思い浮かべながら、走馬灯のように出逢った頃からの彼女を思い出す。そういえばいつも彼女に救われていた。時には命がけで。

(俺が守ると言ったのに)

 真実を求めてばかりいたくせに、俺はいつも道を間違える。