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 根拠のない自信だけが支えになっていた。


5.その関係性


 蝉の音が夏を感じさせ、体感温度がぐんと上がる。
 世の中は夏休みだというのに、クーラーさえない教室で補習を受けながら、自分はガキ大将の素質を持っている、と小嶋元太は唐突に自己分析をする。ようするに目の前で繰り広げられる因数分解の話題に飽きたのだ。
 物心ついたときから身体は大きい方だったし、喧嘩も強かった。力を誇示していた頃もあった。
 しかし、小学一年生の時のある出逢いをきっかけに、力とは単なる体力であるわけではないことを知った。知識量の多さや洞察力、行動力を持って生きる彼らを心から羨ましいと思い、近付きたいと思った。

(…なのに、赤点)

 元太はげんなりと机にうなだれると、教壇に立つ数学教師からの怒号が飛ぶ。

「寝たら駄目だよ、元太君」

 隣から困ったような笑顔を向ける歩美に、元太は胸を撫で下ろす。彼女がいてよかった。
 歩美はどちらかと言えば成績優秀の部類に入るのだが、数学だけはどうしても苦手らしい。
 数学の補習が終わった休憩時間、

「せっかく哀ちゃん達に教えてもらったんだから、追試頑張らないとね」

 鞄に教科書を詰め込みながら歩美が真面目な顔をして言う。

「元太君、この後は?」
「まだ国語と英語が残ってる…」
「そっか…。頑張ろ!」

 歩美の屈託のない笑顔に、元太の疲れが吹っ飛ぶ。我ながら現金な奴だと思う。笑顔にも力があるのだ。それは、元太の中にある感情によるものでもあるけれど。
 仲間として行動するようになって、彼女を可愛いと思った。そして彼女を見ているうちに、彼女の想う先も手にとるように分かった。

(…仕方ねーよ)

 男のオレでも格好いいと思っちまうからよ、と元太はいつも自己完結してしまう。これ以上ダサい男にはなりなくなかった。



 それから二科目分の補習を終え、元太は早々と鞄を持って校舎を出た。
 学校自体は嫌いではないのだが、仲間のいない日常は退屈に思う。
 校舎を出たばかりの帰り道、部活をやっていた生徒はまだ運動場で飽きもせずに身体を動かしているので、人通りはない。夕方の西陽が厳しく差し、元太が「あちぃあちぃ」と誰に言うわけでもない不満を漏らしながら歩いていると、視界の遠く前を歩く二人の後姿には見覚えがあった。

(…図書館にでも行ってたのか?)

 当然彼らが補習を受けているわけではない。見慣れた制服姿ではなく、私服姿は例え後ろ姿でも輝いて見えた。
 八年前に元太の世界を変えたコナンと哀だった。確かに仲間の中でも同じような雰囲気を持つ二人だし、家が隣同士のせいもあって二人が登下校を一緒にする姿も時々見かけたが、今日の二人の間にある空気がいつもと違うように思い、なんとなく呼び止めることが出来ずにいた。何より、横に並ぶ二人の距離が近い。
 歩く速度に迷いが生じて、後で見つかるくらいなら声をかけたほうがいいのではないかと元太が思い始めた頃、ふとコナンが適度に引き締まった腕を伸ばして哀の髪の毛に触れた。
 元太は目を点にして、思わず立ち止まる。
 二人は元太に見られていることにも気付かず、距離はだんだんと縮まっていく。哀はその手を嫌がるそぶりを見せず、それをいいことにコナンは哀を抱き寄せ、やがて二人の影は重なった。