変わらないつもりでいても時間が人を変えるならば、なぜこの世界を選んだんだろう。
4.Old years -虚飾ガール-
小学六年生の秋、俺は一人暮らしを決意した。それを打ち明けると、小五郎は意外にも渋っていたが、「仕方ないが、その代わり中学になってからだぞ」と最終的には承諾してくれた。五年も一緒に暮らしてきて、他人の俺に彼なりの情を持ってくれたんだと思うと、住み始めた頃の下心を棚にあげて俺は素直に感動した。
次の春には大学を卒業する蘭は、付き合って二年になる彼氏と半同棲状態にあり、就職先は決まったようだったが卒論で忙しく、あまり帰って来なくなっていた。昔は心配のあまり口うるさかった小五郎も、今では自己責任という言葉で片付けて何も言わない。
時間は確実に流れていた。
小学校一年生の時から続く少年探偵団のメンバーは、その学年ごとに行われるクラス替えによって全員が同じクラスになることはなかったが、小学六年生になっても相変わらず五人でよく集まった。
「ねぇ、コナン君」
だから、歩美と二人きりで話す機会ができてしまったことは、本当に偶然だった。
その日、博士の家で新作のゲームで遊んだ帰り、偶然にも元太と光彦が早く帰る用があり、哀とのおしゃべりで帰りが遅くなった歩美を送っていく途中だった。
「コナン君はまだ蘭おねえさんのことが好きなの?」
肩にかかるまっすぐな黒髪を揺らして歩く歩美は、妙に大人っぽい顔つきで俺を見た。見たことない表情に、俺は一瞬戸惑い、言葉を失う。
「…どうして?」
ようやく口から出た科白は、ひどく間の抜けたものだった。
「だってコナン君、すごく辛そうだから」
眉根を寄せて静かに話す歩美が別人のように見えて、落ち着かない。
「…コナン君」
歩いていた足を止めて、歩美はまっすぐ俺を見つめた。
昔は赤やピンクのひらひらした可愛らしいコートを着ていたはずなのに、いつの間に純白のAラインコートを着こなすようになったのだろう。
「私じゃだめなの?」
閑静な住宅街で響いた歩美の声は、子供のそれではない。俺は何も言えないまま、歩美から目を逸らせない。
「だってコナン君、気付いているでしょ?」
その声は少しずつ震え、かすかに涙声に変わる。
「私…」
「歩美ちゃん」
いたたまれなくなって俺はようやく目を逸らし、強い口調でその名を呼んだ。びくりと歩美が肩を震わす。
コートのポケットの中に突っ込んだままの手をぎゅっと握り、俺はもう一度歩美を見た。今にも泣きそうな顔。涙を堪える丸い瞳。ようやく知っている彼女が見えて、こんな時なのに俺は安堵する。
(俺はずるい)
分かっていながら先延ばしにして、その言葉を閉じ込めた。でもこれ以上俺の中にある大切な物を失えなかった。
「俺は歩美ちゃんを幸せに出来るような男じゃない」
それから数日、さすがに歩美と顔を合わせずらく、五人の遊びに誘われても俺は断っていた。
「吉田さんを泣かせたら許さないって言ったはずよ」
博士の家に逃げ込んだ俺を、灰原は悪戯を含んだ目つきでやんわりと俺を責める。
「…うるせーよ」
ソファーに不貞寝しながら目を閉じる。俺がとどめの言葉を放ったときの歩美の表情はやっぱり俺の知らない人のようだった。いつかの俺はあんな顔をしたんだろうか。もう待たない、と言った蘭の横顔が脳裏をかすめる。
(まだ好きなの?)
歩美の大人っぽい声が鼓膜の傍で響いて、何も考えたくなくて目を開けると、いつの間に近付いたのか灰原の顔がすぐそこになった。
「な、なんだよ…」
「どうでもいいけれど、避ければ避けるほど気まずくなるわよ。明日みんなで隣町を探検しようって小嶋君が言っていたし、あなたも来たら?」
何かを悟った顔をして、少しだけ優しい表情で笑いかける灰原も、やっぱり子供ではなかった。
さらさらと揺れる茶髪。白い頬に映る長い睫毛の影。
(こいつもそのうち好きな男が出来て、あんな顔をするのか?)
彼女も蘭や歩美のように、知らない誰かのような顔をして、そしてそのうち俺の記憶の中から姿を変えていくのだろうか。