年齢を重ねれば追いつけると思っていたその距離は、開いていくばかりだ。
4.虚飾ボーイ(2)
修学旅行一日目の夜、ホテルで夕食と入浴を済ました後は自由時間だ。
「やっぱり灰原さんだよ」
その固有名詞に、部屋の隅でしおりに目を通していた円谷光彦は顔を上げた。
「灰原さんは高嶺の花だろ。美人すぎる」
「でもつんつんしてて、しゃべりずらいよ。オレは吉田歩美のほうが愛嬌あって好みだ」
修学旅行定番の会話だが、光彦にとってそれは低俗に思えた。七歳の頃から知識豊富で大人っぽいコナンを筆頭とする少年探偵団の仲間で過ごしてきたので、光彦の目にはクラスメイトは少々子供っぽく映った。そのせいか、他に親しい友人はできないままだ。
「なぁ、円谷。やっぱり灰原さんはA組の江戸川と付き合ってんのか? おまえら仲良いから知ってるだろ?」
同室になったクラスメイトが興味本位に訊ねてくるが、光彦には何も答えられなかった。
二人の雰囲気が普通ではないことは、知り合った初めのほうから気付いていた。時間が経てば自分も同じように会話が出来るようになると思っていたのに、未だに二人の横には並べない。
「さぁ…。ボクはそう聞いてないです」
それだけ言って、逃げるように部屋を出た。
少年探偵団の仲間の一員であることに誇りを持っていたのかもしれない。同じ年頃の子供よりも多くの経験をする機会があったと思う。その中には多くの思惑や感情が混ざっていて、知らない世界が広がっていた。それは光彦の知識欲を満たしてくれたが、同時に子供の無力さを思い知り、混沌と広がる理不尽な大人の世界も垣間見えた。
ホテルの部屋を抜け出してなんとなく行き先もなく、ソファーの置いてある広場に行くと、哀がソファーに座って設置されていた新聞を読んでいた。
「灰原さん」
親しい友人に会えたことで、光彦の声がはずむ。手に持った新聞の影から哀が顔を覗かせた。
「あら、円谷君」
「灰原さんも部屋から抜け出してきたんですか?」
光彦が問うと、哀は可笑しそうにクスリと笑った。
「どうして分かったのかしら」
「え、だって…」
そのくらい光彦にも分かる。光彦ですらクラスで浮いているのだ。誰とも違うオーラを放つ彼女が、あの狭い空間に耐えられるはずがない。
「中学生活なんて、一度きりなのよね」
何の脈絡もなく、ふと哀がゆっくりとつぶやき、光彦をじっと見つめた。
「楽しまないといけないわね」
そう微笑んで新聞を畳む哀の姿は、やっぱり大人びていて手が届かない。
(昔に比べて、ずいぶん雰囲気が柔らかくなった)
光彦は、転校した頃の哀の様子を思い出し、その変化の原因を考える。少し胸が痛んだ。