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 彼らの美しさは、年齢にそぐわない覚悟を決めた眼差しによるものだったのかもしれない。


4.虚飾ボーイ(1)


 バサバサと派手な音を立てて、プリント類が手から落ちて床を滑った。3年A組の担任、山本彩夏は舌打ちをしてしゃがみ込み、プリントを一枚ずつ拾うが、プリントは床に張りついていて拾うのも時間がかかってしまい、更に疲労度が増す。
 ふと、床に影が出来た。

「山本先生、大丈夫ですか?」

 声が降って来たので顔を上げると、洒落た黒縁眼鏡をかけた生徒が整った顔を少しだけ崩して笑った。

「江戸川君…」
「拾うの、手伝います」

 そう言って、コナンも山本の隣にしゃがみ込んだ。
 放課後の廊下は西陽が差し込んでとても明るい。遠くで野球部の発声が聞こえる。学校という場所は、学生の舞台だ。
 プリントを拾いながらも山本はコナンの横顔をそっと盗み見た。

(…似ている)

 かつて高校生探偵と騒がれた一つ年上の先輩に、山本は当時憧れていた。コナンのふとした表情に同じものを感じることがある。

(まぁ、工藤先輩のほうが格好よかったけれど)

 顔は似ているけれど、どこか違う。例えば、雰囲気が。

「先生、どうかしましたか?」

 いつの間にか手を止めていた山本を、コナンは怪訝に見た。

「ごめんなさい、何でもないの」

 少し焦りながら、曖昧に笑い、

「江戸川君の班は、修学旅行の下調べは進んでいるの?」

 教師らしく話題を振ると、「まぁそれなりに」と愛想よく答えたコナンがプリントの束を山本に渡し、背を向けて去って行った。

(…やっぱり似ていないかな)

 頭が切れたけれど天真爛漫だった例の先輩とはやっぱり違うと思う。
 江戸川コナンは、何かが不自然だ。年齢に見合わない悟りを開いたような、世の中を諦めたような、陰りのある瞳を見せることがある。それが彼の魅力で、学年の中でもかなり人気があるのも事実なのだが、まるで魂が空っぽの人形に迷い込んでしまったような、帳尻の合わないちぐはぐさを山本は少し危うく思うのだ。
 だけど、山本はそれをうまく言葉にできずにいた。教師を含め、彼をそのように危惧する者はいなかったので、ただの杞憂だと思いたかった。



 修学旅行先は定番の京都だ。
 学生の時は楽しみで仕方なかったそのイベントが、教師の立場になると何とも憂鬱な出張だ。責任の重さにため息をつく。こんなことなら学生時代、もっとおとなしくしとけばよかったと、山本は学生時代の教師に今更心の中で詫びる。
 出発当日の朝、集合場所は米花駅前だった。次第に生徒が集まり、高揚感溢れる空気の中、静かにやって来たコナンを山本は見つけた。
 コナンの隣には、当然のように灰原哀が同じような表情で歩いている。哀が何かをつぶやくと、コナンは哀に顔を寄せて笑顔をこぼす。特別で親密そうな空気が二人を包んでいた。
 灰原哀は他のクラスの生徒だが、もちろん知っている。コナン同様成績優秀で、加えて日本人離れした顔立ちに落ち着き払った態度がよく目立ち、職員室でも何度も話題にのぼるほどだ。そしてコナンと付き合っているらしいという噂はずいぶん前から存在し、本人達がそれを否定しているので様々な憶測が飛び交っている。

(アレで付き合っていないとか、ありえない)

 集合している生徒の中に混じり、クラスごとに並ぶ為に手を振って別れた彼らを見て、その安い嘘に薄く笑った。
 陰りある中の何かを二人だけで抱える、ドラマのような雰囲気の二人が羨ましかったのかもしれない。