3-2

 隙間を埋めていくように生きてきたはずなのに、パズルのピースは埋まらない。


3.Old years -残酷な真実-


 工藤新一の死亡届の提出は、俺が十歳を迎える少し前の、肌寒さの残った日に行われた。

(享年十九歳…)

 そこには三年間の空白が存在するせいか、他人事のように思えた。
 ただの遠縁の親戚という設定の俺が役所に出向くわけにも行かず、その手続きは帰国した工藤新一の両親が行った。
 周りがせわしく動く中で、俺はその中心に取り残されたまま呆然としていた。
 一番ひどく慟哭したのは灰原だった。それは工藤新一が死んだからではなく、贖う事の出来ない罪への意識によるものだった。
 彼女は両親に土下座し、ひたすら泣いた。
 そして蘭は、どこか悟ったような表情で探偵事務所からビルの狭間に見える空を見上げ、

「新一の遺体を見るまでは絶対に信じない」

 悲しい笑顔をこぼして、身長差が縮まった俺の頭を撫でた。彼女の手が俺に触れたのは、それが最後だった。
 涙を見せたものの、取り乱さない彼女を見て、俺はまたひとつ傷ついた。



 恒例となっていた俺の誕生日パーティーは、その年は灰原の体調不良を理由に中止された。
 外に出ようとしない灰原の様子を博士から聞いていた俺は、五月の連休の間に彼女に会いに行った。
 部屋には入れたものの、布団から出てこようとしない彼女に、俺はしびれを切らした。

「灰原」

 彼女の潜るベッドにそっと近付く。

「俺は、おまえにそんな風になってほしくてこの選択をしたわけじゃねぇよ」

 ぴくりと気配が動く。
 工藤新一は死んだと彼女に告げた朝を思う。あの日に感じた世界を忘れない。 

(あれは俺の覚悟だったんだ)

 虚無感に満たされた世界で、あの華奢な肩が何よりも支えになった。

「俺はこの生活が気に入っているし、この人生を歩いて行くさ。お前が気にすることなんて何もない」

 抱える気持ちの十分の一も言葉に出来ない。
 さまざまなものを失った俺達が簡単な言葉を共有できるわけがない。
 それでも得意の明るい声で俺は言う。

「灰原」

 もう一度声をかけると、布団の中から赤い目を腫らした灰原が少しだけ顔を見せた。

「…工藤君」
「違う。もう俺はソレじゃない」

 両親の顔と蘭の眼差しが脳裏を駆け巡り、そして目の前にいる少女を見つめる。
 いつも無表情でばっさりと悪態をつく彼女が、こんなにボロボロになっている。

(泣かせたのは、俺?)

 妙な征服欲に駆られた。

「もう泣くな」

 そう言った俺は、布団ごと灰原を抱きしめた。