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 痛みは時間とともに消えるわけではないけれど、時間を積み重ねていくことで乗り越えていくものかもしれない。


10.未来へ


 重い足取りで校門をくぐる。今日は三学期の始業式だ。
 教室に入れば受験間近だからか、なんとなく空気が重いように感じた。

「おはよう、歩美ちゃん」

 そんな空気も関係なく、いつものように推理小説を読むコナンが歩美に顔を向けて目を細めた。

「…おはよ」

 まだ少し声が震えるけれど、頑張って笑顔を作る。
 歩美は今度こそ思い知った。自分の恋は終わった。一度も会わなかった冬休み中に何度も確認して、自分に言い聞かせてきたけれど、実際彼と顔を合わせるのはまだ痛い。でも話せなくなるのはもっと痛いから、歩美から近付く。

「コナン君、宿題終わった?」
「当然」
「だよねー」

 そうやって笑ってみる。会話をしながら、コナンの表情が柔らかくなったことに気付いた。

「コナン君、哀ちゃんと仲直り出来た?」
「おかげさまで」

 コナンは言う。そして少しだけ考えるような仕草をし、

「歩美ちゃん、放課後時間あるか?」

 立ったままの歩美を見上げるコナンの瞳は澄んでいて、なぜか懐かしい気分になった。



 始業式が終わり、昼ごろに学校は終わったけれど、誰も五人でファストフードへ行こうとは言い出さない。元太も光彦も自分の事でいっぱいなのかもしれないことに、歩美は寂しく思い、隣を歩くコナンを見上げる。
 どんな角度から見ても格好いいなぁと思う。
 昔は隣を歩くだけで胸が高鳴ったのに、今ではそんなことない。そしてそれはまるで嘘だったように、いつか消えてなくなるのだろうか。
 久しぶりに歩美はコナンと二人で歩いた。
 主に話すのは歩美だった。苦手な数学のこと、得意な英語のこと、今でも続けているピアノ教室、コナンが薦めてくれた簡単な推理小説の感想。
 コナンは相槌を打ち、時には目を細めてくれて笑ってくれた。まるで昔のコナンのようだった。ちょっと大人っぽいけれど、無邪気で怖いもの知らずで、探偵好き。

「歩美ちゃん」

 これまで聞き役だったコナンが、ふとつぶやく。

「俺さ、転校したばかりの頃、心配事も多くて、すげぇ不安だったんだけど」

 歩美は黙ってコナンを見上げる。あの頃のコナンはいつも堂々としていたし、不安を抱えていたなんて知らなかった。

「歩美ちゃんや、元太や光彦が仲良くしてくれて楽しかったし、嬉しかったんだ」

 コナンは立ち止まり、晴れ渡る空を見上げた。コナンが何を考えているのか、歩美には掴めない。やがて視線を落とし、ゆっくりと歩美を見た。

「ごめんな」

 冷たい風と一緒に、コナンの言葉が歩美に届いた。

「歩美ちゃんには感謝しているし、すげぇ大事だけど、どうしても応えられない」

 その瞳はまっすぐに歩美を見ていて、もういいよ、と歩美はつぶやいた。

「分かっていたもん。言わなきゃいてもたってもいられないのは、私のわがままだったの」

 子供ながらに、心のどこかで先に言ったもん勝ちだと思っていた。
 あの頃のコナンは確かに蘭を見ていて、それは叶わない恋で、コナンを助けてあげたいという思いもあったけれど、それよりも自分が先に手に入れたかった。大人っぽいあの親友より先に。
 そんなずるい自分を、神様はお見通しだったんだろう。

「コナン君は、哀ちゃんを好きなの?」

 歩美が直球で投げると、コナンは少し困ったように笑った。

「歩美ちゃんの言ったとおり、昔は蘭の事が好きだったんだ」

 コナンの言葉に、歩美は首をかしげる。コナンの蘭への呼び方に違和感を覚える。

(蘭ねぇちゃん)

 思えばコナンの蘭への接し方だけは子供っぽかった。あの頃は単に甘えん坊なのかと思っていたけれど、普段から大人っぽかったコナンにとってそれはあまりにも不自然だったし、当時の彼なりのアピールだったのだろうか。

「今はさ、灰原の前にいると素のままでいられるんだ。あいつだけが俺を分かってくれるから、俺が離れられない」

 目を伏せて話すコナンの感情まで歩美には読み取れない。
 だけど、きっと哀には分かるんだろう。
 だからもう仕方ないと歩美は思う。最初から分かっていた。

「コナン君。その気持ちを哀ちゃんにちゃんと伝えた?」
「ああ。うまく伝わってんのか分からねぇけどな」

 自嘲気味にコナンは笑う。確かに語彙力があるくせに、彼は自分の思いを話すのは下手だ。
 でもそんなところもきっと哀は理解してくれるはずだった。
 歩美が歩き出すと、コナンも同じように隣を歩いた。きっと二人きりで歩くのはこれで最後だ。
 もうすぐ中学校も卒業して、高校もばらばらになるけれど。

「コナン君、夏になったらまたみんなでキャンプに行けるかな」

 歩美が言うと、コナンは当たり前だろ、と無邪気に笑った。