物心ついたときから当然のように彼女は傍にいて、そして彼女をとても好きだった。
1.Old years -隠した想い-
ランドセルを背負った俺が住み家にしている毛利探偵事務所に帰ると、蘭が制服姿のままリビングの絨毯の上で眠っていた。
午後7時。元太達の探検ごっこに付き合わされて、家に帰ったのが少し遅くなってしまった。いつもなら蘭は食事を作って待っていてくれ、「心配していたのよ」と優しく叱ってくれるはずなのに。
(珍しい…)
俺は眠る蘭に視線を落とす。
絨毯に広がる長い黒髪、影を作る長い睫毛、スカートから覗く白くて長い脚。
(いかんいかん…)
ボリボリと頭を掻いて眼鏡をかけ直し、俺はそっと蘭の傍に膝をついた。
「蘭ねぇちゃん、風邪ひくよ?」
いつもより高めの声を出して。
子供っぽく、無邪気に。
俺が蘭の肩に触れると、蘭はゆっくり目を開けた。
「ん…、しんいち…?」
「…え?」
思わず息を飲み込む。聞き間違えたのかと思った。一瞬誰を呼んでいるのか判断できず、俺はぼんやりとその薄く開いた瞳をただ見つめていた。
「あ、コナン君…?」
「…うん。ボクだよ?」
明るく、無邪気に。なんでもないように。
いつの間にか身についた悲しい習性。
「ふふ、ごめんね。なんだかコナン君の手が温かくて、間違えちゃった」
ふわりと蘭は起き上がり、「すぐにご飯作るね」と台所に向かった。
(誰と間違えた、とは言わない)
俺はぼんやりとその背中を見つめ、深く息を吐いた。動揺した心は治まらない。
こんな身体になってから一年が経ち、俺は小学二年生になっていた。
元の身体に戻る方法はおろか、その元凶である組織を潰すことすら出来ていない。
俺の身長は少しだけ伸びた。少しずつ、蘭の想う姿に近づいていくんだと思うとぞっとする。
本来十八歳になる俺は、時々小学生を演じることに無理が生じて、隠しきれない本来の“工藤新一”が行き場をなくしていた。
蘭は今でも新一を想って泣く夜がある。
(それでも抱きしめることもできない)
蘭が俺を新一と間違うことがあったとしても、俺は新一にはなれない。
だけど、それでも俺は蘭の傍にいたかった。