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 この感情を何と呼べばいいのか分からない。


1.隠された真実


 窓から差し込む西陽に、江戸川コナンは顔をしかめながらゆっくりと目を開けた。目をこすりながら横を向けば、茶髪に光が反射して更に眩しい。

「おい、灰原…」

 顔を背けて眠る少女に声をかけながら、壁にかかったアナログ時計を見る。午後5時10分。気付けば陽が伸びたものだ。

「灰原、起きろ。そろそろ帰って夕飯の支度しねーと、博士が心配する」

 布団からはみ出したむき出しの肩に触れる。その冷たさにコナンの手が一瞬止まり、

「はーいーばーらー」

 何かを誤魔化すようにその白い肩を揺らすと、ようやく灰原哀が目を開けた。緑がかった瞳がコナンをとらえる。

「…おはよう」
「珍しいな、お前がそんなに熟睡するなんて」
「ええ。春休みになってから生活が逆転しちゃって…」

 哀はあくびをしながら、布団で胸元を抑えながらゆっくりと起き上がる。その仕草は誰が見ても十四歳の少女ではない。コナンは目を逸らし、

「明日は始業式なのに、大丈夫なのかよ」

 かすれた声でつぶやきながら、枕元に置いてあった伊達眼鏡をかける。この春休みに買い替えたばかりの黒縁眼鏡は気に入っている。
 コナンの科白に哀は声にならない笑みを漏らし、布団から出て床に散らかった服を身にまとう。黒いキャミソールを被って、茶髪を掻き揚げるその仕草。

(扇情的だ)

 コナンはベッドの上で寝そべったまま横目でその様子を覗き見る。先ほどまで触れていたその白い肌の感触を思い出していた。



 中学校入学を機に、コナンはこれまで居候していた毛利探偵事務所を出て、工藤邸で一人で暮らしている。食事は哀の住む阿笠邸で摂る。そんな暮らしがもう二年も続いていた。

「元太君達は元気じゃったか?」

 あれから二人は阿笠邸に帰り、いつものように三人で食事をしていると、ふと博士が口を開いた。コナンはサラダを口に運びながら「ああ」と生返事をする。

「夕方まで宿題をしとったんじゃったら、ウチでご飯を食べていってもよかったじゃろうに」

 久しく元太達に会っていない博士の言葉に、コナンと哀は顔を見合わせる。
 小学一年生の頃から何かとつるんでいる少年探偵団の元太、光彦、歩美と、宿題をしていた。それは間違いではない。春休み最後の日である今日、朝から三人は工藤邸に押しかけてきて、その後哀も強制的に呼び出され、宿題の最後の追い込みをしていたのだ。もっとも、とっくに宿題を片付けていたコナンと哀は、三人の終わらない宿題を手伝う羽目になったのだが。
 ただし博士には知られていないことがある。
 午後3時、歩美の習い事の都合で五人は解散したのだ。
 それから約二時間の空白の時間の存在を、博士は知らない。

「吉田さんの習い事があったから、三人は一緒に帰ったのよ」

 哀の言葉にも嘘はない。なんでもないようにさらりとつぶやく哀をコナンは一瞥し、たった数時間前の哀の体温や繋がった時の表情、声を思い出す。

(博士に知られたくない)

 騙すようなことをしている相手は博士だけではない。今日やってきていた昔からの友人もだ。
 二人の関係に名前がない以上、なんて説明をすればいいのか分からない。
 なんとなく博士の顔を見ることが出来ず、コナンはただひたすら机に並べられた料理に手を伸ばす。哀が作る物はどれも美味しいはずなのに、味を感じなかった。

 明日から二人は中学三年生になる。
 年齢を重ねても、過去の時間は色あせることなく、それらの出来事は昨日のことのように思い出せる。