エピローグ

 卒業したら一緒に暮らそう、と言い出したのはコナンの方だった。

「だって高校も別だし、一緒にいる時間も減るじゃねーか」

 思った以上に子供である自分にコナンは気付く。拗ねるコナンに哀は苦笑した。
 博士は最初渋っていたが、彼らの実年齢を知っているからか最終的には許可してくれた。これからも夕食は博士の家で摂りましょう、と言ったのは哀の方だった。それが哀の博士に対する愛情で、感謝の気持ちだった。
 だからこれからも二人の生活は大きくは変わらないのだと思う。
 ただ、夜眠るときの温もりが隣にあるだけで、ひどく満たされた気持ちになった。



 高校入学式の日、コナンはかつて着たものと同じ制服に腕を通した。真新しい布の匂いが鼻をかすめる。
 準備をして眼鏡をかけた後、腕時計の針を気にしながら、寝室で準備している哀の様子を見に行く。

「哀、準備できたか?」

 ドアを開ければ鏡越しに哀と目が合う。米花女子高校の白いブラウスに胸元の赤いリボン、チェックのスカート。帝丹高校とは全くデザインの違う制服は、女子高らしくとても可愛らしく、そして哀にとても似合っていた。
 思わず後ろから抱きしめる。
 甘いシャンプーの香りが鼻をかすめる。
 彼女を哀、と名前で呼び出したのは、想いを打ち明けてからだった。すぐには馴染まず照れ臭かった時もあったけれど、今ではそれが自然だった。



 外に出れば朝日が眩しい。冷たい春風が吹き抜ける。
 気付けばコナンは哀の手を握っていた。
 感情の正体を知らないで哀に触れていた時間は、どこか空虚で、現実味がなかった。今になって分かる。愛しいと思う気持ちが、自分の存在を認めてくれる。そして哀がそれを返してくれるから、どうしようもなく幸せに満たされるのだ。
 もっと早く気付けばよかった。そうしたらこんなに傷つくことも、傷つけることもなかった。

(だけど、それだけの時間が俺達には必要だったんだ)

 過去の時間は戻らないけれど、これからの時間は自分の力で作っていける。
 だからもう二度と失えないとコナンは思う。

「じゃあ、江戸川君。ここでお別れね」
「あー、なんでおまえ、帝丹にしなかったんだよ」

 人の多い朝の時間の駅前、これから電車に乗る哀にコナンがうなだれる。哀が微笑んでコナンの髪の毛に触れて、拗ねないで、と笑う。
 彼女のこんな笑顔を見られる日が来るなんて思わなかった。

「今日の放課後はいつものファストフードでお昼ご飯、でしょ」

 彼らにとって救われた存在である仲間との今日の約束を確かめて、哀は今度こそ駅の中へと消えていった。
 江戸川コナンとして生きていくから、痛みを抱えながらも一人で高校へと向かう。新たな世界に少しだけ期待して。
 そして今度こそ守っていくのだ。歪んだこの未来を、二人で。


fin.


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