小さな液晶の中では、コナンと哀が肩を寄せ合って何かを話しているようだった。何よりも驚くのは、哀の恰好だった。大柄な模様の浴衣を着た姿は、たとえカメラ遠くても華やかに映っていた。
「お客様……?」
両手でデジカメを持ったまま呆然とその画像を眺めていると、店員から声がかかり、コナンははっと顔をあげた。テーブルの向こうでは、制服を着た店員が眉を潜めてコナンの様子を伺っている。
店員の様子を見ながら、コナンは苦笑を浮かべた。自分の持っていたレシートの明細によって三年前に浴衣をレンタルした事が分かっているのに、それでも哀の浴衣姿に動揺してしまった事におののいてしまったのだ。
「あ、すみません。えっと……、これはつまり、隠し撮りっていう事ですよね?」
「申し訳ございません! あまりにもお二人が素敵だったので……、でもお断りされた手前、もちろん店内に掲示するような事もしておりません!」
目の前で頭を下げ続ける店員を横目に、コナンはもう一度画面に視線を落とした。
カメラの視線に気づいていない画面の二人は、顔を寄せ合って何かを囁き合っているようだ。二人の表情に笑みはない。浴衣を着たというのに哀には高揚感のかけらもないし、コナン自身もどこか警戒心を含んだ瞳を持っている。
二人が付き合っていただなんて嘘なんじゃないか、と疑ってしまうほど甘い雰囲気を微塵にも感じられないというのに、なぜか心が締め付けられた。
カメラを手に持ったまま二人を眺めていると、目の前にいる店員が耳に嵌っているイヤホンを指で触れた。インカムで連絡があったようだ。
「お客様」
頭をあげた店員が、コナンをまっすぐ見る。
「あと、お客様がおっしゃっていたハンカチですが……、やはり当店でのお預かりはないようで……」
「あ、それはいいんです」
口実をすっかり忘れていたコナンは、慌てて手を振り、訝しげに眉を潜めた店員に言った。
「ただお願いがあります。この写真をいただけますか?」
レンタルショップから写真のデータをもらったコナンは、その足でその地方都市内にある主要の図書館へと赴いた。
コナンは受付で過去の新聞を借りてソファーに座った。借りたのはレシートの翌日の日付のもので、ページをめくっていくとローカルニュース枠にある見出しに引っかかった。
――男子中学生重傷。ひき逃げか? 運転者逃走中
新聞紙特有のインクの匂いが鼻先に触れた。
この地方を代表するような大きな花火大会の会場の近くで、祭りの翌日であった事もあり、街中は騒然としたようだった。
――男子中学生に衝突した車は盗難車とみられ、運転者の行方を捜査している
記事にある文言に、コナンは眉を潜めた。
自分が車との接触事故に遭った事は知っていた。運転者は当然相当する刑罰を受けているのだと思っていた。まさかひき逃げだったなんて、初めて知った事実にコナンはせり上がる動悸を押さえるようにゆっくり立ち上がり、新聞紙を返却した後で図書館内のパソコンコーナーへと向かった。
動画配信サイトで、この地域のテレビ局の公式チャンネルを検索する。そこで花火大会や祭りに関する検索ワードを叩きつけ、三年前の動画を発見した。たった三十秒のものだった。
『今年も盛り上がっています花火大会、まもなく始まります』
浴衣を着たアナウンサーが祭りの様子を伝えている。夜に沈んでいくなかで、屋台の明かりが眩しい。
この動画ははずれだったかも、とコナンが動画を止めようとした矢先、右端で見覚えのある浴衣が映った。
「あ……」
静寂さを保つ図書館で思わず声を漏らしたコナンは、慌てて周囲を見渡し、耳元にあるヘッドホンに左手で触れながら右手でマウスを操作した。十秒前に遡り、もう一度そのシーンを見返す。
レンタルショップの店員の言った通り、確かにコナンと哀が画面の端に映っていた。コナンは一時停止を押し、二人の様子を眺めた。
写真と同じ浴衣を着た哀と、その隣で大きな黒いリュックを背負う夏服の自分。祭りだからといって浮かれた様子はないにしろ、中学生の姿をした自分はまっすぐに哀を見つめていた。
コナンは生唾を飲み込み、ジーンズのポケットからスマホを取り出す。つい先ほど送られてきたばかりの写真データを開き、指先で拡大した。
同じだった。
二人はきっと恋人だったわけではない。甘い気配のかけらもない。それでもひとつの真実へとたどり着く。
――俺は、彼女を好きだった。
それを言葉で感じた途端、冷えていた心臓に熱が通うような感覚を覚えた。ずいぶん長いあいだ乾いていた心にじんわりと水分が染み渡る。胸が圧迫されて息苦しくなり、コナンは思わず両手でスマホを握りしめた。
哀に会いたい。眼鏡のレンズ越しに眺める写真がかすんでいく。コナンはやっと理解する。俺はずっと哀に会いたかった。
呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐き、コナンはゆっくりと顔をあげる。さらなる疑問が次々と芽生えていく。
この街で一緒に過ごしたはずの哀は、事故には巻き込まれなかったのだろうか。新聞記事には自分である男子中学生に対しての言及はあったが、女子中学生に対する文言は一切なかった。
それに、もう一つ。なぜ自分達は三年前の夏にこの地方都市にやって来たのだろうか。
腹の底から沸き上がる熱は、喜怒哀楽では表せない、ただ一つ存在する真実への執着心だ。
(2023.2.4)
「ミスターB」時系列については、 コチラ にて簡単に記しております。