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 年が明けたばかりの景色は、どこでも同じようなものだ。
 駅にはハッピーニューイヤーを彩るアルファベットが並べられ、門松やしめ縄などがところどころで装飾されている。活気の満ちた空間に、コナンは改めて一年の始まりを感じていた。
 年明けの瞬間をあまり思い出せない。灰原哀と一緒に神社に向かっていたはずなのに、翌朝に気付いた時にはコナンは一人で工藤邸の自室にいた。この状態を危惧したコナンは、二か月前の光彦との会話を思い出し、荷物をまとめて米花駅に向かった。文庫本に挟まっていたレシートと一緒に。
 特急電車を乗り継いでやって来たのは、三年前に訪れたと思われる地方都市だった。コナンは手に持ったレシートを眺める。感熱紙であるそれはところどころ霞んでいるが、きちんと保管していたおかげで文字自体はまだ読めるのが幸いだ。

「いらっしゃいませ」

 レシートに記載されていた呉服屋は、三が日にも関わらず通常通り営業していた。着物姿で初詣に向かっている女子二人組とすれ違い、彼女達も着物をレンタルしたのではないかとコナンは思った。

「あら……」

 出迎えたのは制服であろうチェック柄のスーツを着た女の店員だった。コナンを見てそう漏らしたのを、コナンは聞き逃さない。

「何か?」
「いえ、あの……、ごめんなさい。ご用件がありましたらお伺いいたします」

 広い店内の奥では、大学生風の女の客が母親らしき人物とパンフレットを見て盛り上がっているようだ。壁には成人式のポスターと卒業式で使う袴のポスターが飾られている。

「すみません。今日は着物を買うわけでも借りるわけでもないんです」

 コナンはそう言い、手に持っていたレシートを店員に見せた。

「実は三年前の夏に、女の子と一緒にこの店に来たと思うんですが……、この店に忘れ物をしたかもしれなくて」

 もちろん忘れ物だなんて方便でありただの口実だ。しかし、コナンは知りたかったのだ。三年前、この場所にまで来て自分達が何をしたのか。何があったのかを。
 文庫本に挟まれていた写真とレシート。光彦から告げられた真実。
 そして、初詣の花火によって込み上がった恐怖心。
 意を決したコナンは、帰宅後にすぐに準備をし、新幹線でこの地にやって来たのだ。

「忘れ物、ですか?」
「はい。ハンカチを忘れたみたいで……、三年も経っているのに、ごめんなさい」

 しおらしさを装って頭を下げていると、店員のふっと笑う声が聞こえ、コナンは思わず顔をあげた。店員はコナンを見つめたまま、口元をほころばせている。

「あの……?」
「ああ、ごめんなさいね。そのハンカチは、あなたからのプレゼントだったの?」
「……どういう事ですか?」

 コナンが肩に抱えたトートバッグの紐をぎゅっと握ると、店員はコナンに受付用テーブルの椅子に座るように促した。煌びやかな着物が飾られた店内に合った木調のシンプルな椅子の座り心地を、どこかで知っている気がした。
 コナンと向かい合わせになるように座った店員は、まっすぐにコナンを見て微笑んだ。

「三年前にご来店くださったお二人の事は、よく覚えているんですよ」
「え……?」
「とても可愛らしいカップルでしたので。保護者の方と別行動っておっしゃっていたけれど、本当はお二人だけでの旅行だったんでしょう?」

 ガラスで仕切られた店外では、年明けで浮かれた人々が流れるように歩いている。車道をトラックが通るたび、ガラスが細かく震えているようだった。

「あの……、あまり覚えていないんですけれど、僕達、何かご迷惑をおかけしましたか?」
「いえいえ、浴衣のレンタルは翌朝まで延長されましたけれど、きちんとご連絡もお代金もいただきましたし、問題はなかったんですよ。ただ……、」

 翌朝まで延長という言葉に、胸がざわめくのはなぜだろうか。言いよどんで言葉を止めた店員に、コナンは続きを促した。

「ただ……?」
「あ、いえ……。お二人がお祭りで楽しんでいらっしゃる様子をテレビでも拝見もして」
「テレビ?」
「ああ、ローカルニュースの、ちょっとした枠だったんですが、目立つお二人だったのですぐに分かったんですよ」

 店員は何でもないように微笑むが、コナンはまた新たな手掛かりを得た事で、言葉にできない熱が喉元をせり上がって来るのを感じていた。この感覚を知っている。ずいぶん昔からきっと自分を虜にしていたものだ。

「お客様に、お詫びしなければならない事があるんです」

 店員は表情を変えて神妙に言い、「少々お待ちください」と席を立った。
 取り残されたコナンは、コートのポケットにあるスマホを手に取った。光彦と元太からの新年の挨拶以来、何のメッセージも来ていない。頭にちらついた哀の顔を振り切るようにスマホをポケットに戻したのと同時に、店員が戻ってきた。失礼します、と再び椅子に腰かけた店員は、テーブルに持ってきたデジタルカメラを置いた。

「これは……?」
「お二人があまりにも素敵だから、お写真を撮らせていただこうとお声かけしたんです。でもお客様にお断りをされて……」
「じゃあ、カメラを持ってきた意味って……」
「申し訳ございません」

 もし自分がまっとうな生き方をしているのであれば自分の母親くらいの年齢であろう店員が、テーブルに頭が付くほど深く謝罪をし、ゆっくりとデジカメを操作し始めた。
 そしていくつかの電子音が鳴った後、デジカメがコナンに差し出された。小さな液晶に映っていたのは、

「俺と、灰原……?」



(2023.1.29)

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