再び姿を見せた欠落について、光彦に述べられたのはそれから二年以上が経った高校二年生の秋だった。
帝丹高校に灰原哀が転校してきた日の放課後、コナンは久しぶりに光彦を自宅に誘った。そこで、知っている事があったら教えてくれと光彦に頼み込んだ結果、
「……という事があったんですよ」
コナンの淹れたコーヒーを飲みながら、光彦は淡々と言った。
灰原哀の姿を目にした瞬間に引っ掛かりを覚えたのだ。転校生だというのに緊張を見せない姿も、当然のようにコナンの隣の席に座った横顔も、初めての事ではない気がした。
「ちょっと待て……」
コナンはソファーに座ったまま、両手で頭を抱えた。目を閉じたところで、光彦の話は持て余している空洞をちくちくと刺し続けている。
「つまり、二年前の夏休みに、おまえと図書館に行った帰りに俺は倒れて……」
その出来事は覚えている。ひどく暑い日だった。居候先である毛利家に居づらくなって図書館で過ごした。そこで見つけた新聞記事、そして帰りの花火の音、火薬の匂い。
そのままコナンはその場で体調不良を起こし、光彦の連絡によって小五郎に迎えに来てもらった。その辺りの記憶は不鮮明だ。
――あいつを、助けて。
小五郎が到着する前に、十五歳だったコナンは光彦にそう訴え、そして自分の正体を告げたのだという。
「工藤新一……」
口にしたところでニュースでも聞いたことのある固有名詞がひどく白々しく感じられた。
現実離れしたストーリー、笑い飛ばしてもいいものなのに、そうできない理由を知っている気がして居心地が悪い。テーブルの上に置いたレシートが、混乱するコナンを責め立てているように見えた。
「コナン君、大丈夫ですか?」
テーブルの向こうから、光彦が伺うような視線を寄越す。
――灰原さんのことを、本当に忘れてしまったんですか……?
つい先ほどに聞いた光彦の問い。きっと自分は、哀と特別な何かを持っていたのだろう。秘密を共有する者として、それは決して甘酸っぱい関係ではなくいわゆる同志だ。
テーブルに置かれた写真では、コナンの横で哀が今よりも幼い表情でカメラを見つめている。
「悪い、大丈夫だ……」
いくつもの疑問点が線で繋がっていくのを感じながら、コナンは顔をあげて光彦を見た。
「光彦。おまえは、こんなに重大な事を一人で抱えていたのか」
コナンの問いに、光彦の瞳が揺らいだ。静けさに包まれたリビングで、光彦がゆっくりと頬を緩める。
「コナン君達が抱えていたものに比べたら、些細な事です。それに……」
光彦は言う。
「灰原さんは無事に戻って来たんです。コナン君の心配事がなくなってよかったですよ」
明るい声が冷たい空気に溶け込まないまま、不自然に浮遊しているみたいだった。
そうだな、とコナンは答える。光彦の言う事は正しい。だけど、きっとそれらはまだ不完全のままピースがはまっていない。コナンはレシートに視線を落とした。
日付は三年前の夏。場所はとある地方都市の浴衣や着物のレンタルショップとして機能する呉服屋で、明細は浴衣のレンタルと印字されている。
「サンキュ、光彦」
コナンは折り畳んだ感熱紙のレシートと写真を一緒に文庫本に挟んだ。
(2023.1.23)