Letters 1-6

 その日の推理力の不具合といったら散々だった。どうにか事件を解決に導くことはできたものの、いつもの倍以上に時間をかけてしまった新一に、警部は苦笑しながら「君も疲れとるんだね」と背中を叩き、君に頼りすぎていたと詫びを入れられた。
 もう高校生の頃とは違い、甘えられる年齢でもない。その事に恥じたのに、同情されながら励まされて、最終的には謝られてしまい、尚更落ち込んだ。



 時間が経ったことで頭も幾分か冷えてきたようだ。まず考えるべきことは、なぜ彼女があの手紙を残して行ったかということだった。そもそもあの手紙はいつ書かれ、いつあの場所に忍ばされていたのだろう。
 ズボンの後ろポケットから携帯電話を取り出せば、メールが一通あった。蘭からで、ご飯を作って待っているとのことだった。急に現実に引き戻された気がして、ため息をつく。そこではっと我に返った。なぜ気分がこんなに降下していくのだろう。
 長い間好きだった蘭と想いを通わせ、付き合い始めて舞い上がり、あんなに嬉しかったのに。一緒にいると疲弊してしまうことも事実だった。
 幼い頃から一緒にいて、気を遣うような関係でもなく何でも言い合える仲なのに、本当の自分の奥底を蘭に見せることが出来ていないままだ。

「新一、おかえりなさい」

 家に帰れば、蘭がいつもの笑顔で出迎えてくれた。
 リビングの奥にある書斎に目を向けると、散乱していたはずの床には新一が闇雲に取り出した本が綺麗に積み重なっていた。蘭がいつものように掃除をしてくれたのだ。
 あの手紙は…? ふと思う。やましい事など何もないのに、妙にそわそわと落ち着かなかった。

「…掃除もしてくれたんだな。いつも悪いな」
「何言ってるの今更。大丈夫だよ」

 キッチンからはいい匂いが漂っていた。だけどまるで空腹を感じない。

「新一? どうかしたの?」

 突っ立ったままの新一に、蘭は怪訝に眉根を寄せた。

「ごめん…」

 片手で前髪をくしゃりと乱しながら、新一は床に視線を落とす。視界の端で蘭が悲しそうな顔をするのが見えた。この顔を見るのが世の中で何よりも嫌いなことだと新一は思う。そうさせないように、蘭には笑ってほしくて、傍にいた。でも今はそんな気持ちよりも上回るものがある。

「疲れているんだ。一人にしてくれないか」

 新一の帰りを待って夕食の支度もしてくれ、掃除までしてくれた彼女に対しての発言ではないと分かっている。だけど、あの手紙が頭から離れない。
 唇を震わせた蘭が近付き、新一の顔を覗き見た。

「疲れているの…?」
「ああ」
「新一、いつも頑張りすぎだよ。いくら名探偵でも、たまには頭を休めないと」

 無理やり明るい声を出す蘭に、更に新一の心が沈んでいく。
 違うんだ、と思う。たまたま自分は運が良かっただけなのだ。偶然に世界的に有名な推理小説家の父親から継いだ頭脳と、元女優の母親から遺伝された社交性を持って、世の中を上手く歩くことが出来ただけで。
 何も頑張っていないことに気付かされたのは、某組織の毒薬によって身体を小さくされ、その日々を生活する中で自分に振り返った時だ。自分の功績ではない。それに気付くにはまだ若すぎた。それをやんわりと教えてくれたのは灰原哀だ。
 蘭は知らない。その頃の自分を。小学一年生の江戸川コナンを演じていた自分しか知らなくて、それを新一とは夢にも思わず、今でも新一を迷宮入りなしの名探偵で完璧な男だと思っている。それが新一にとっては苦痛だった。それでも寂しい思いを抱えながらずっと待ってくれていた彼女の理想である工藤新一を演じようと身体が勝手に動いてしまう。そうして四年も経ってしまった。
 好きでいることと自分を見せることは違う。そして理解しすぎてしまうことは、恋心に歯止めをかける。

「蘭、ありがとな」

 今の蘭の気持ちが手に取るように見えてしまって、だからそれを先回りして新一は無理に笑う。そうすれば蘭は少し安心したように微笑んで、

「また来るね。ちゃんとご飯食べてね」

 少し名残惜しそうに新一の指先に触れて、そして工藤邸を出て行った。
 閉まったドアを見つめながら、新一はため息をつく。
 こんなにも自分を大切にしてくれる人を、どうして自分は大切にできないのだろう。人として何かが欠落しているのだろうか。江戸川コナンとして生活をしていた頃は探偵事務所に住んでいたこともあって、数え切れないほどの事件に遭遇し、様々な人間の思いを目の当たりにしてきたけれど。
 自分の冷淡さを知って、絶望した。