その封筒を手に持ったまま右往左往し、ハサミが見当たらない事に舌打ちをしながら封を手で破った。
中から出てきたのはやはり無機質な白い便箋。読めば謝罪と感謝以外を読み取れない、たった三行で終わる手紙だった。
「なんだよ、これ…」
特に最後の追伸について、新一は放っておけ、と口ごもる。
いつかの博士に聞かされた哀からの伝言を思い出した。
―――事件やホームズに夢中になりすぎて、彼女に振られないようにしなさい。
ホームズ、とつぶやき、新一は本棚に並んでいるシャーロックホームズシリーズに視線を動かす。考えるよりも先に身体が動いていた。思うままに本を取り出し、何か哀からのメッセージが残っていないかと探し出す。
シャーロックホームズシリーズも、コナンドイル全集も、彼女が好きだった探偵が出てくるミステリー小説も、全て手に取ってページをめくり、床の上へと本を投げ捨てていく。
だけど、何も見つからなかった。
「…はは」
新一は渇いた笑いを立てて、左手で額を抑えた。
何をやっているというのだ、自分は。まだ動悸はおさまらない。そのまま力を失くして落ちた本のすぐ傍に座り込んだ。その拍子に椅子にかけていたジャケットが床へと滑り落ちた。
あの日々からどのくらいの時間が経っているのか、上手く動かない脳をフルに使って、新一は指折り数えてみる。―――もう四年も経っていた。
夢だと疑っていた時間が、色を付けて鮮やかに新一を襲った。これまで輪郭を失っていた光景が形を付けて記憶を巡る。
哀が出て行ったと知った時、なんて薄情な奴だと思った。自分の目の前に再び広がった高校生活に馴染んでいくことに目一杯で、そして蘭を悲しませたくない気持ちが思考を停止していた。
あの時、新一は確かに落胆をし、その喪失感を持て余していたのだ。
「灰原…」
震える声でその名前を四年ぶりにつぶやけば、無表情ながらも新一の身を案じてくれ、言葉にせずとも理解を示してくれる彼女の顔が浮かんだ。珍しく微笑んでくれた最後に見た彼女の表情に、ぞくりと心が震えた。
「おまえ、今どこにいんだよ…」
今まで気にも留めなかったのに虫がよすぎると我ながら思う。だけどあの日々は確かに存在し、今の新一を形作っていた。そんな当然の事に今更気付いた。
しばらく立ち上がることも出来ず、座り込んだまま呆然としてると、ズボンの後ろポケットに入った携帯電話が震えた。新一は力なくそれを手にとる。目暮警部からの着信だった。
受話器ボタンを押してのろのろと立ち上がり、床に落ちたジャケットを拾い上げながら警部と二、三の会話をし、携帯を切った。これから事件現場へと向かわなければならない。
先ほど見た固有名詞を思う。
宮野志保。
馴染みのない名前のはずなのに、まるで引き離されてしまった恋人のような、とても大切な名前に思った。