Letters 1-4

 大学に入学してしまえば時間が経つのはあっという間だった。出来るだけ一、二年生の間に単位を取得してしまいたい気持ちがあり、それに加えて新一は大学二年生の二十歳の誕生日を迎えてから探偵事務所を設立し、更に忙しさは増した。
 蘭とは相変わらずだった。蘭は新一の邪魔にならないように気遣いながら、それでも時々家を掃除してくれたりご飯を作ってくれ、時には抱き合って眠ることもあった。恋人としての付き合いは誰が見ても順調だった。

「新一君!」

 あくびをしながら晴天の下の大学のキャンパスを歩いていると、聞き慣れた声が新一を呼んだ。振り返れば、高校時代のクラスメイトであり蘭の親友でもある鈴木園子がトートバッグを抱えて小走りに新一に近付いて来た。

「久しぶりねー。元気?」
「まぁ…」
「新一君、高校生の頃とちっとも変わらないね」

 少しだけ悪意を込めて園子はボブの茶髪を揺らして笑う。

「本当に探偵事務所を開いちゃうなんてさ。蘭もよく許したと思うわよ」
「…蘭は関係なくねーか?」

 眠たい気持ちを抑えながら新一が低い声でつぶやくと、園子はむっとした表情で新一を見上げる。 

「あるわよ。新一君、あんた蘭のこと考えたことある?」
「…考えているけど」
「大学も探偵業も寝る間を惜しんで頑張っているのは新一君らしいと思うし、すごいことだと思うけど。でもその分会えなくなって蘭は寂しい思いをしているはずよ」

 園子の厳しい発言に、以前感じたことのある罪悪感が胸をよぎる。視線を落として何も言い返さない新一を見た園子は嘆息して、

「まぁ私が言える立場でもないんだけど。あまりに蘭が不憫だから言いすぎちゃったみたい。ごめんね」

 罰が悪そうな顔で自嘲気味に笑い、「じゃ、またね。あまり無理しないでね」と新一を気遣う科白を忘れないあたり、やっぱり類は友を呼ぶものだと思う。
 工藤新一が姿を消したあの半年の間だって蘭は寂しかったはずだ。それをコナンとして傍で見ていた新一は誰よりも分かっているつもりだった。元の生活に戻った時に泣きながらそれを伝えてきた彼女を抱きしめながら、二度とそんな思いはさせないと誓ったはずだったのに。今だって結局寂しい思いをさせているのだとしたら、何のために一緒にいるんだろう。恋人の定義とは一体なんだろう。



 蘭とは同じ大学に通っていても、大学三年にもなると取っている講義が違うので、結局会えずじまいだ。
 今日は久しぶりに依頼が入っていない。午後3時、新一は探偵事務所には寄らないまま一度帰って仮眠でもしようと家の鍵を開けてリビングに入った。
 季節はもう秋だというのに今日は日差しが強く、汗ばんでいたのでジャケットを脱いだ。それを手に持ったまま、ふとリビングの奥にある書斎に意識が向いた。
 最近はゆっくり読書も出来ていない。高校生の頃はコナンドイルをはじめとする過去のミステリー名作を何度も読み返し、当時に流行ったミステリー作家の小説も読み漁っていたのに、今ではそれすら追えていない。
 久しぶりに書斎に入り、ジャケットを机の前にある椅子に適当にかけて、本棚の前に立った。ちょうど子供の目線の高さくらいの棚には江戸川乱歩全集とコナンドイル全集が並んでいる。そういえば江戸川コナンの名前はここから名付けたんだったっけな、と新一は懐かしく思い、しゃがみ込んでコナンドイルの本を手に取った。
 江戸川コナン、と口の中でつぶやいた。まるでアニメか何かの登場人物の名前を紡いだような、現実味の帯びない響きに、更にその時間を不思議に思った。
 あれは、夢だったんじゃないかと思う。
 人間が伸び縮みするなんて、普通に考えたら有り得ない。あの半年は自分の悪い妄想か何かで、時間はいつものように誰にでも平等に流れるように、自分も同じように時間を刻んできたのではないか。
 ああ、だけど蘭は泣いたではないか。ずっと待っていたと、その寂しさを声に出して叫んだではないか。
 こみ上げる罪悪感を消すように、新一はコナンドイル一集を開いた。つんとしたカビ臭い古書の匂いが鼻を刺激する。そしてページは勢いよく開かれ、あるページで止まった。
 そこには白い封筒が挟まれていた。

「なんだ、これ…」

 新一は本を書斎にある机の上に置いて、封筒を見た。

 ―――工藤新一様

 宛名はどうやら自分宛のようだ。住所もなければ切手も貼られていない。よく見れば白い封筒も少し黄ばんでいて、年季が入って見える。新一は裏面を見た。

 ―――宮野志保

 どくん、と心臓が大きく跳ね上がり、血管が脈打って胸全体を圧迫した。一瞬呼吸の仕方を忘れた。