純白サンクチュアリィ

 博士の家に二人がやってきたのは、雪が降ってもおかしくないほど冷たい空気に震えるような快晴の朝だった。

「おはよう、博士」

 いつものように早く起きてリビングでコーヒーを飲んでいたところにチャイムが鳴り、出迎えればコート姿の新一と志保が立っており、志保が博士に微笑む。昔から変わらないウェーブがかった茶髪をさらりと揺らす彼女は本当に綺麗になったと博士は思う。

「どうしたんじゃ、こんな朝から二人揃って」
「話したい事があるんだ」

 博士に答えたのは新一だった。二人は博士に促されるまま慣れた足取りでリビングに入り、コートを脱いでソファーに座る。博士は淹れたてのコーヒーを二人のために置いてあるマグカップに注いだ。それを持ってリビングに戻ると、顔を寄せて何かを囁き笑い合う二人の姿が目に映った。その光景は彼らが幼い姿だった頃にも見たもので既視感を覚えたが、目の前にいる二人の雰囲気は昔のものとはどことなく違うものだった。どこかに生まれた焦燥感から逃れるように、博士はテーブルにマグカップを置いて、自分用の椅子に腰をかける。

「それで、何の話じゃ?」

 博士の問いに、再び新一がゆっくりと顔をあげて口を開いた。

「実は、俺達結婚しようと思うんだ」
「…………」

 新一の声が博士の耳の中でこだまする。新一のすぐ隣に目をやれば、志保が気まずそうにうつむいている。
 突然の科白に驚きながらも、どこかで分かっていたのかもしれない。今までにないほど身を寄せ合って寒さに凍えながら玄関を入ってきた二人を見た時から。…いや、彼らが偽りの姿で過ごしていた時から。

「…めでたいのう」

 複雑な気持ちはあるが、思った事をそのまま言葉にすると、うつむいていた志保が涙を一粒こぼした。新一の結婚発言よりもそれに博士はうろたえてしまった。
 いつも何かを堪えるように無表情を保っていた彼女が泣いてしまったら、博士にはどうしていいのか分からない。どう声をかけていいのか迷っていると、それよりも早く新一が志保の背中に手を置いて、まるで子供をあやすように何度も志保の名前を呼んだ。
 世界でいちばんの宝物を大切にしようとしている新一の行動が気持ちとして博士にも伝わり、気付けば博士の頬も涙で濡れた。


 新一が血相を変えてこの家にやって来た夜を博士は忘れられない。
 念願の元の身体を取り戻し、高校生活に戻って行った新一を見送る哀の姿を痛ましく思い、何も知らないまま恋い焦がれた幼馴染との生活を送る新一に呆れた事さえあった。昔から知る彼は恩を忘れるような薄情な性格ではない。そう分かっていても、哀が阿笠邸を出て行った後の新一は江戸川コナンだったことさえなかったように振る舞っていた。それが尚更博士の胸を痛めつけた。
 それから四年が経った時、新一は何を思って灰原哀の名前を出し、宮野志保となった彼女を探し求めたのか。
 今目の前で志保をなだめる新一の優しくて憂いを帯びた表情を見て、ようやく理解ができた。きっと彼はその頃から無意識のうちに彼女を想っていたのだろう。
 あまり野暮な事はしたくない。そう思っていても、再会してから二年も時間をかけてどういう経緯でそうなったのか博士が簡単に訊いてみると、二人からは曖昧にしか返事はかえってこなかった。二人でいる事が自然すぎて、特筆するような出来事はなかったのかもしれない。
 しかし先日新一がアメリカに発った時の志保は、表情が揺らいでいて、まるで新一が蘭の元へと還って行った時のように不安定で、博士は見ていられなかったのだ。

「新一君。あまり志保君に心配かけるんじゃないぞ」
「…分かってる」

 新一の声はどことなく硬い。

「俺はこんな職業だし、人から恨まれることも多いし、志保を危険な目には遭わせたくない。それでも一緒にいたいんだ」

 これまであまり訊く事のなかった新一の本心を聞けて、博士は嬉しくも思う。

「じゃったら君が志保君を守ったらいい」

 博士が言うと、新一は小さく笑って、「そうだな」と答えた。
 志保の事は娘同然に可愛いが、もちろん様々な形で関わり合ってきた新一の事だって大切に思っている。それこそ新一の両親以上に新一の秘密を知っているかもしれない。

「博士、ありがとう」

 話もそこそこに二人がソファーを立った時、それまで静かに口を閉ざしていた志保が、博士に微笑んだ。その表情には少し照れ臭さも混じり、雨の中家の前に倒れていた数年前の彼女が嘘のように幸せに満ちていて、志保に出逢えた事を改めて嬉しく思った。




 そして、そのリビングにある数々の写真達に混じって、純白のドレスに身を包んだ志保が同じ色のタキシードを着た新一の隣で幸せそうに笑っている写真が飾られたのは、半年後の事だ。



タイトルは茅原実里の曲から頂きました。
(2014.11.14)