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 それこそ哀が転校してくる前からの付き合いである少年探偵団の三人が、学校帰りに工藤邸にやって来た。彼らがこの家に来るのは日常茶飯事で、小学生のころに阿笠邸でつるんでいた時と変わらない。ただ阿笠博士という保護者がいなくても行動できるようになった事に、自分達は大人になったのだと感じさせられる。
 哀の予想通り、三人はもうすぐ行われる模試に不安を覚えたらしく、工藤邸のダイニングテーブルに参考書を広げた。

「おめーら、志望校はもう決めたのか?」

 ダイニングテーブルで哀が淹れたコーヒーを飲みながらコナンが聞くと、三人はそれぞれため息をつく。

「そりゃ、歩美だってコナン君達と同じ高校に行きたいけれど…」

 先に口を開いたのは小学生の頃よりも髪の毛が伸びた歩美で、可愛らしいシャープペンシルを持ったまま頬杖をついた。中学校までは学力も関係なくみんな平等に学校に進学できても、高校からは違う。そのギャップに一度は苦しむものだ。ヒエラルキーは子供の世界にも存在していて、それらは学力や運動神経、コミュニケーション能力など、それぞれの場所で評価の対象になりうる。

「オレはもう高校に行けたら何でもいいや…」
「僕は、頑張りたいです。灰原さんもコナン君と同じ帝丹高校を受けるんですよね?」

 うなだれる元太の横で強い視線を寄越す光彦の問いに、哀はゆっくりとうなずいた。

「ええ、そうね」

 哀の横顔を眺めながら、コナンはコーヒーを飲みきった。
 将来の事や進学先について哀と語った事はこれまでになかった。そもそも偽りの人生の延長線上で、未来に思いを寄せる事ができるほど、コナンは器用ではなかった。



 三人が帰宅したのは午後六時頃で、それを見計らったようにコナンのスマートフォンが鳴った。

『おう工藤、元気にしよるか?』

 かれこれ八年の付き合いになる見かけ上十歳年上の親友からの電話だった。

「服部…。おまえ仕事はどうした?」
『なんや、たまには息抜きで定時上がりや。…ちゅーのは嘘で、ちょっとおまえに確認したい事があんねん』

 大阪府警に所属している服部はハードな毎日を送っているはずだった。守秘義務が発生する為、事件内容のあれこれを語る事はないが、雑学や豆知識など、時々コナンに訊ねるように連絡をしてくる事がある。服部の質問に知る限りの事を答え、曖昧な部分は書斎に入って本を手にとる。
 会話の途中で、仕事が忙しくて家で休息をとるのもままならないと服部が珍しく愚痴を漏らした。

「大丈夫かよ? 遠山さんも心配してるんじゃねーのか?」

 スマートフォンを肩に挟むようにして会話をしながら、本のページをめくる。古書特有の匂いは心を落ち着かせる。

『その事なんやけど…』

 いつもは意気揚々とした服部が口ごもるので、コナンは不思議に思いながらスマホを持ち直した。

『俺、結婚しようと思うねん』

 小さな声で、しかしはっきりと聞こえてきた服部の声を、思わず脳内で反芻する。

「……けっこん」
『そうや』
「ええっと…、ああそうか、おまえら付き合って長いもんなぁ」

 思いの外動揺している自分に驚きながら、それが相手に悟られないようにコナンは笑った。

「プロポーズはもうしたのか?」
『いや、まだや』

 それはそうだろう。つい先ほど、プライベートの時間も犠牲にして働く服部の話を聞いたばかりだった。めでたいなと思う気持ちとは裏腹に、妙な焦燥感が募った。
 もともと服部とコナンは同い年で、だからこその親友だった。出会った頃はすでに偽りの姿をしていた自分に、服部は高校生として接してくれていた。探偵としても、男子高校生としても、多くの話題を共有した。そんな服部ももう二十五歳なのだ。家庭を持つ事を意識しても何も問題はなかった。
 電話を切り、リビングに戻ると、キッチンから夕食の匂いが漂ってきた。

「電話、大丈夫だった?」
「ああ、服部からだった」

 哀の問いに答えると、哀は納得したようにうなずいた。警察から呼び出される事の多いコナンを哀はよく理解してくれている。江戸川コナンとしての人生を選んだ今でも、コナンと事件は切り離せない。
 今日の夕食は豚の生姜焼きだ。哀の指示通り皿や箸をダイニングテーブルに運びながら、穏やかなこの生活がずっと続くのであれば幸せだと思った。