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 冷蔵庫にある食材が少ないから帰りにスーパーに寄りたいと哀が言ったので、コナンも一緒について行く事になった。書類上での哀の住所は阿笠邸だが、実際はコナンの住む工藤邸に住みついてもう二年が経っていた。
 クーラーの効きすぎたスーパーに並ぶポップには既に秋を匂わせる言葉がいくつも並んでいる。もうすぐ衣替えの季節だ。
 会計を済ませた商品を袋に詰め、それをコナンが持つ。家に着くまでの帰路、他愛のない会話をする。

「そういえば今日も一年生の子に告白をされたんだって?」

 何でもない事のように哀が訊いて来るから、思わず受け流しそうになった。

「…どこの情報網だよ」
「中学生女子は噂が好きなのよ」

 おかしそうに哀が笑う。今更嫉妬したり不安を見せたり、漫画に出てくる少女のようなか弱さを示したりはしない。そういう彼女を見てみたい気もするけれど、コナンの中にそんな情熱はない。
 そういえば昔、別の名前を名乗っていた頃の幼馴染の少女は嫉妬心や不安心を垣間見せていてくれた。可愛いとも思ったし、それに振り回された事もあったけれど、今となってはただの思春期の思い出だ。二度目の思春期は想像以上に心を蝕む。
 工藤邸に着き、食材を冷蔵庫に入れる哀を背後から抱きしめた。

「どうしたの?」

 冷蔵庫から漏れる冷気が指先を冷やす。哀の髪の毛先が鼻腔に触れ、心の奥底に溜まっていた泥をようやく浄化できる気がした。

「江戸川君?」

 冷蔵庫のドアを閉めた哀が振り向く。澱みを知らない透き通った瞳に吸い込まれそうになるのを堪え、コナンは哀の頬に触れ、心に眠る真実から逃れるように哀にキスをした。
 角度を変えながら唇を重ねる。哀の力が抜けたタイミングで彼女の身体を冷蔵庫の扉に押し付け、深く口づける。一度目の思春期には味わうことのなかった重苦しい幸福感が脳を支配する。

「哀……」

 キスの合間に名前を紡ぐと、哀がびくりと肩を震わせた。彼女を名前で呼ぶ時は、主に二人きりで過ごす時間だ。付き合い始めて、一緒に暮らして二年。出逢ってからは八年が経った事になる。これだけ彼女と多くのものを共有しても、飽きることはない。心は貪欲に、彼女を欲する。
 彼女のセーラー服のリボンに指をかけた時、鞄の中でバイブ音が響いた。

「…江戸川君、スマホが鳴ってるわよ」
「放っておけ」
「でも警察からかも…」

 身をよじるように冷蔵庫の前でじゃれあう姿は、他人が見つけたらさぞかし滑稽なものに映るだろう。哀の言葉にコナンはため息をつき、鞄からスマートフォンを取り出し、げ、とつぶやくのと同時に顔をしかめた。
 コナンから解放された哀がリボンを整え、液晶画面を覗く。

「誰からだったの?」
「…あいつら。今から来るって」

 メールフォルダを開き、肩を落とすコナンに哀がくすくすと笑った。

「もうすぐ模試だもの。あの子達も不安なのよ」

 キッチンの床に座り込んだコナンの傍に、哀もしゃがむ。先ほどの熱が名残惜しくてもう一度触れるだけのキスをしたのと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
 コナン達は中学三年生になっていた。要領は分かっていても、この時期はせわしない。時には自分の感情を無視して、大人達が時間の流れに介入してくる。
 子供扱いされない代わりに、大人にもなりきれない。やはり二度目の思春期は息苦しかった。