幕間2
天気予報通り、その日は朝から雨がよく降っていた。
仕事が天候に振り回される事は珍しくない。探偵業でよくある尾行調査も、雨が降っているだけでやりにくくなる。引き受けた依頼を遂行すべく外に出たものの、どしゃぶりに近い天候により、毛利小五郎はその日の調査を中止し、スマートフォンで依頼人にその旨を連絡した。
傘をさしていても、アスファルトに弾かれた雨水によってスーツの裾が濡れていた。舌打ちをしながら傘を畳み、電車に乗って事務所兼自宅のある米花町へ向かう。平日の夕方だというのに、やたらと学生服姿の若者が多い。少々浮かれ気味の彼らの手元の筒を見て、そうか今日はこの周辺の中学校の卒業式だったのかと小五郎は懐かしんだ。自分の娘が中学校を卒業したのはいつだったか。指折り数え、もう十年も前である事に驚く。自分も年を取るはずだ。
定刻通り電車は米花駅に停車し、人の流れに乗って小五郎も歩いた。靴の中にまで水が沁み込んでいるような感触があり、これは家に帰ったら乾かさないといけねーな、と思いながら改札をくぐる。
米花町も変わらず雨が降っていた。天候のせいか、それとも卒業式のせいか、駅構内は普段よりも混雑していた。タクシーに乗ってしまいたいところだが、生憎タクシー乗り場の行列も長く、小五郎は舌打ちをしてふと視線を落とす。
「……ん?」
視線を落とした先の柱の足元には、見覚えのある学ラン姿の少年が一人、うつむいて座り込んでいた。さすがは都会、周囲の人間は座りこんだ少年に目もくれず、足早に素通りして行く。
彼は全身びしょ濡れで、うつむいているせいで表情が見えない。
「ボウズ」
近付いて呼びかけても、何の反応もない。まさかの人違いかと、顔を近づけてもう一度呼びかけると、トレードマークである眼鏡を外したコナンがゆっくりと顔をあげた。よく見たら手元には眼鏡が握られている。この雨で邪魔になったのだろう。
「何してるんだ、おまえ」
「…小五郎のおじさん」
コナンはそれだけを言って、ぼんやりと視線を前に戻した。
髪の毛だけではなく、制服も靴もびしょ濡れだ。そういえばコナンも今日卒業をしたのではないだろうか。工藤新一と同じように、この江戸川コナンも事件を追っかける性格で、皮肉な事に小五郎よりも高い推理力を発揮しているが、今の彼にはそんな様子はどこにもない。ただ魂を売られたかのように呆然とそこに座っている姿は、今まで見た事のないものだった。
「何してるんだ。風邪をひいちまうぞ」
こんな生意気な少年に対して優しくする義理などない。そう思っているのに、どこか憎からず思ってしまうのは一緒に住んでいた間に生まれた情によるものか、それとも娘の初恋の相手だという免罪符によるものか。
小五郎の言葉に、コナンは眼鏡を持ったまま両手で頭を抱えた。
「哀が……」
小さくつぶやかれた言葉の意味を読み取れず、小五郎は何だって? と聞き返す。すると、コナンは言い直すように再度口を開いた。
「灰原が、いなくなったんだ…」
弱々しい声に既視感を覚え、小五郎は顔をしかめた。