気付けば文化祭まで一週間を切っていて、放課後になると毎日のように実行委員の仕事で忙しかった。
「おー、コナン!」
時間を気にしながら廊下を歩いていると、久しぶりの声に呼び止められる。
「元太」
「おまえ、文化祭実行委員なんだってな。キャラじゃねーことやってんじゃん」
「うるせーよ」
学年の中で一番背の高い元太は、昔と変わらずガキっぽさを持ったまま成長していて、それが一部の女子に人気だ。柔道部でも活躍していて強そうだからという理由もあるかもしれない。それとは真逆である光彦も知的で女子には優しくてクラスメイトからは絶対的な信頼を得ているし、少年探偵団だった彼らは俺の知らないところでしっかりと大人に近付いていた。まるで親のような気持ちで彼らを見守っていたけれど、今となってはどっちが子供なのか分からない時もある。
「灰原も一緒なんだってな」
「ああ」
「あいつ元気なのか? あんまいい噂聞かないし、オレは否定したいけど今はあんまり喋る機会ねーしなぁ」
そして友達想いなのも昔から変わらない。
「元気そうだよ」
俺の言葉に元太は少しだけ眉をひそめた。
「元気そうって、おまえら仲良いくせに、そんな適当に他人事のような言い方するなよな」
さすが元少年探偵団の一員だ。俺の言葉ひとつに引っかかりを持って、叱咤するように言葉を吐き出した元太を見ながら、俺はのんきにそんなことを考える。そうか、他人から見たら俺らは仲良いという関係性を持っていたのか。それも過去の話だけど。
あの日から灰原と二人きりで話す機会がなくなってしまった。委員会の時間でも避けられるように、灰原が俺に距離を置く。だからと言って他に友達のいない灰原が黙々と一人で作業をしている様子に、俺はヤキモキしていた。
廊下で元太と別れてから、俺は実行委員会の教室に足を踏み入れる。
「あ、江戸川君! このパンフレットの広告の部分なんだけど…」
俺を待ち構えていたように、他の実行委員の女子が俺にパンフレットを持って近付いて来た。俺はその用件を聞きながら、教室内を察知する。灰原は教室の端で、当日正門に飾られる看板を作っていた。俺に視線も向けない。
そこへ、実行委員の一年生の男子が近付く。看板に飾る紙製の花を灰原に渡し、灰原は無表情ながらもありがとう、と答えたのが見えた。その言葉に男子生徒がへらっと笑ったのが分かった。年上の大人と付き合っているだとか男関係が最悪だとか悪い噂を持つ灰原だけど、彼女は確かに美人で、男子の間でもたびたび名前があがるのだ。その悪い噂だってその整った容姿から増長されたものだと俺は思う。
「江戸川君、聞いてる?」
俺の目の前にいる女子生徒の声に、俺ははっと我に返る。
「わりぃわりぃ」
「江戸川ー、おまえ真面目にやれよなー」
横から、一年生の時にクラスメイトだった男子が横やりを入れて、俺は雰囲気に流されながら頭を掻いて笑う。
「江戸川君って時々抜けているよねー」
キャラを演じているわけではない。その昔は子供っぽい演技をしすぎたせいで、演じること自体に嫌気がさしているのだ。それでも、今は本当の自分がどこに行ってしまったのか、分からなくなる。
工藤新一と江戸川コナン。時々俺は二つの名前の間で路頭に迷う。
会話もそこそこに、俺は教室の奥へと足を向ける。
「灰原、何か手伝う事あるか?」
倒している看板の足元にしゃがみ込んでいる灰原とその隣の一年男子がぽかんと俺を見上げた。
「江戸川君、あなたは看板の係じゃないでしょう」
灰原は不思議そうにつぶやいた。俺のことを避けていても、必要があって会話をしようとすれば、態度は普通だ。何事もなかったように、再び俺の言葉は消えて行くのかもしれない。
「先輩、大丈夫っす。気にかけてくれてありがとうございます」
悪意のないはずの一年男子の笑顔も嘘臭く感じる。
俺はため息をついて、二人から離れた。与えられた業務をこなす内に、脳裏には灰原の事でいっぱいになる。
一つの運命を共にして戦った事や、秘密を共有して何事もなかったように世間に紛れこんで生きている事に、誰よりもこだわっているのは俺のほうなのかもしれない。そしてその自負心が灰原を苦しめているのかもしれない。灰原はとっくにその時間を過去のものにして、俺がいなくても生きていけるのに。
俺は、灰原が隣にいないと、本当の俺を見失ってしまいそうになる。