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 目の前でパフェを美味しそうに頬張りながら、黒羽君は意外そうに笑った。

「へぇ、哀チャンが文化祭実行委員ねぇ」
「可笑しそうに言わないで。好きでなったわけじゃないのよ」

 私はホットコーヒーを一口飲んだ。黒羽君おすすめのカフェは、コーヒーも美味しい。

「…江戸川君も一緒だったわ」
「あの名探偵もそんなことやるんだねー」
「彼もクラスに選ばれてしまったみたい」

 社会人の男がコーヒーを飲む中学生の前でパフェを食べる姿は他人から見たら奇妙なのかもしれない。だけど私達にとってはこれが普通で自然のことだった。黒羽君はカチャリ、とスプーンを置いて、私の顔を覗き込む。少しばかりの上目づかいは他の誰かを思い出して、胸が締め付けられた。

「名探偵はさ、今誰を好きなんだろーね?」
「…急に、何を訊きたいの?」
「べっつにー」

 相変わらずヘラヘラ笑いながら、黒羽君はカフェ店員にメニューを持ってきてもらうように頼んでいる。まだ食べる気なのか。
 私はと言えば黒羽君の脈絡のない質問にどぎまぎして、それを誤魔化すようにカップを持ってコーヒーを飲もうとする。もう中身は空だ。

「……彼の恋愛事情なんて、知らないわ」

 何か答えなきゃとタイミング悪く口を開いた私に、黒羽君は薄く笑った。
 放課後の委員会で隣に座った江戸川君の視線を思い出す。自惚れもいいところだ。きっと窓の外を見ていたに違いないのに、私を見ていたかもしれないなんて、一瞬でも思ってしまった。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 彼は本当に中学生のように周囲に溶け込んで、充実した生活を送っているというのに。いつまでも過去に囚われているのは私だけだ。

「文化祭、ねぇ…」

 店員からメニューを受け取った黒羽君は、肩肘をつきながらぼんやりとつぶやき、顔をあげて私を見た。

「哀チャン、色々と気をつけた方がよさそうだ」

 口元に意味深な笑みを浮かべた黒羽君に、私は完璧な仮面で微笑み返す。

「あら、あなたが守ってくれるんでしょ?」

 私が言うと、黒羽君は肩を震わせながら笑い、メニューのページをめくった。



 文化祭実行委員会は初めのうちは週に二回行われるようだ。前回の委員会から三日が経った日の放課後、私が机で教科書を整理していると、クラスメイトの女子三人が目の前に来て立と止まった。

「灰原さん」

 刺を含む声に、私は内心盛大にため息をつきながら顔をあげる。

「何」
「文化祭実行委員会、江戸川君もいるらしいじゃない。灰原さん、それ知ってて委員になったの?」
「知っているも何も、私が委員になったのはあなた達が推薦したからでしょう」

 私が正論を述べると、彼女達は悔しそうに顔を歪めた。その事実は彼女達もきっと分かっている。そこまで馬鹿じゃないのだ。だけどやり場の分からない苛立ちは、私にもよく分かった。

「灰原さん、すごい年上の人と付き合って、その上江戸川君と幼馴染だからって仲良くしてさ」
「ずるくない?」

 何かを憎みたくて仕方のない瞳が私の身体をざらりと撫でるように突き刺してくる。その苛立ちを理解できるからといって受け流せるものでもない。勘弁して欲しい。私がどう答えようか迷っていると、

「灰原、委員会遅れるぞー」

 教室のドアの前に立っていた江戸川君が、私を呼んだ。少しだけ様子を見ていたらしい江戸川君は、何事もなかったように教室に入り、彼女達の前に立った。

「俺の名前が聞こえたけど、何か用?」
「い、いや…、なんでもありま…せん」

 同級生なのに丁寧語で答えるほど突然態度が変わるクラスメイトに私は心の中でほくそ笑みながら、席を立って江戸川君と教室を出て委員会のある教室へと向かう。
 …私を助けてくれたのだろうか。小学校高学年の頃から人気者の江戸川君と仲がいいという理由でこういうやっかみを受ける事が時々あった。毎回ではないけれど、こうして江戸川君は助けてくれる。だけど。

「あなたがああいう行動をしても、火に油を注ぐだけだって前に言わなかったかしら」

 私がつっけんどんに言うと、私の横を歩く江戸川君は片手で前髪をぐしゃっと崩した。

「…仕方ねーだろ。他に方法が浮かばねーんだ」
「だから放っておいていいのよ」
「おまえがやられてるのを黙って見てられるかよ」

 ああ、また自惚れてしまう。私は江戸川君から顔を隠すようにうつむいた。
 江戸川君に好意を持つ側からしたら私はとても邪魔な存在なんだろう。とてもよく分かる。だから私は江戸川君の傍にいるべきではないのだ。何よりも、彼の為にも。