学校自体、好きか嫌いかと言えば好きではないのだけど、イベントがある日は特に憂鬱だ。
無邪気にはしゃがなければならないような空気の中で、私の性格上そう簡単に周りに同化できるわけもなく、私のいる場所だけポカリと別空間に包まれたように、私は疎外感を覚える。日本人は空気を読みすぎているのだ。だからそれができない人間は、人間じゃないような扱いを受けてしまう。
夏の終わりの日差しの下、声援が湧き上がる。
「江戸川君、格好よかったねー」
無理やり出場させられた競技が終わり、ハチマキを外してクラスのテントでもなんでもない場所にぼんやりと座っていると、目の前を歩いて行った女子二人がそんなことをつぶやき、私は思わずその固有名詞をキャッチする。
今となってはもう私と別世界に住む彼は、運動会という私にとっては拷問に近いイベントでも周りに中学生に馴染んで、想像を裏切ることなく活躍していた。
私はゆっくりと立ち上がる。テントのない場所に長い時間いたせいで眩暈がした。灰原哀として特に異変もなく成長できたけれど、日差しに弱い事も昔から変わらない。
通い慣れた保健室のドアを開け、校医に事情を離して奥にあるベッドに入った。目を閉じると、先ほど騎馬戦で活躍していた江戸川君の姿が浮かんだ。
どのくらい眠っただろうか。ほんの十数分だったような気もする。浅い眠りから覚醒すると、閉じたカーテンの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえた。一瞬夢か現実か迷ってしまった。短い眠りの中にも彼はいたから。
私は起き上がって、持ってきた荷物の中から制服を出して着替えた。鞄の中で携帯電話が震え、それを手に取りメールの受信を確認する。黒羽君からだった。
携帯を鞄に戻して、制服を整えながらカーテンを開ける。
江戸川君の声は夢ではなかった。
正門で江戸川君と別れてから五分ほど歩き、私が掴んでいた裾から手を離すと、横で黒羽君がくつくつと笑った。
「哀チャンも小悪魔ぶりが際立ってきたねー」
「…私は約束を守っているだけよ」
首のうなじに髪の毛が張り付いて気持ちが悪い。私は後ろ髪を手で軽くまとめる。風が当たると気持ちがいい。セーラー服はデザインは優れていても、機能性としては最悪だ。夏は暑くて冬は寒いものだ。
「だいたい、ロリコンのあなたにそんな事言われたくないわ」
「ええー、哀チャンまでそんな事言うの? 俺の味方いないじゃん」
ふざけて泣き真似をする黒羽君を見上げる。どことなく工藤新一に似ている彼は、口を開けば別人であることを確認出来てしまうから世の中うまくできていると思う。
それでも黒羽快斗との初対面を私は忘れない。そして彼と交わした約束も。
―――その代わり、俺と付き合ってよ。
その出来事が何年前だったかを考えると、もう四年も前だった。
「哀チャン、考え事?」
横から顔を覗きこむ黒羽君に気付き、私は曖昧に笑った。
「ええ、そんなところよ」
そうか、もう四年も私は黒羽君と一緒にいるのだ。その時間は江戸川君と過ごした時間より長いものかもしれない。その事実にちくりと胸を痛めてしまう。
「ふぅん?」
黒羽君はそれ以上干渉することもなく、意味深に笑みを浮かべた。少しだけ怪盗キッドに似たオーラを放ちながら。
笑ったまま何も言わない彼はきっと、私が白昼夢の中でさえ江戸川君の姿を探してしまっている事にも気付いているのだろう。