今回も間一髪だった。
いつも正義感を振りかざして仕事を邪魔する小さな名探偵から放たれたサッカーボールを避け、白い怪盗は闇と化した宙を飛んだ。
あの名探偵と出逢ってから何年経ったか、怪盗は考える。
「…もう三年、か」
思わず声に出してつぶやいた。なるほど自分も歳をとるわけだ、とまるで親戚の子供を思い浮かべるかのように怪盗は人前では見せない顔で笑った。
しばらくハンググライダーで飛び、警察の目が光っていない場所に着地した。誰もいない路地で変装を解き、ただの二十歳の青年の格好でアスファルトの道路を歩く。
ズボンのポケットに獲物があることを確認し、ほくそ笑みながらひたすら歩く。
冷たいしずくが彼の頬を濡らした。上に視線を向ければ、ぱらぱらと雨が降り始めていた。
「…ついてねーな」
しかし降り出す時間がもう少し早ければハンググライダーが使えなくなるところだった。ある意味ついているなとポジティブ方向にひとりごちていると、その雨は次第に強くなり、彼の癖のかかった黒髪を濡らしてきた。
「まじかよ…」
足元の靴も濡れ始めている。閑静な住宅街の中に、コンビニも見当たらない。
そこへ、前方から傘をさした少女が歩いてきた。夜更けの住宅街、いくら治安の悪くない場所だからといっても少女が一人で歩いている事に、彼は少し違和感を覚えた。
赤い傘をさした少女はとても自然に彼の前に立ち止まる。
「傘、ないの?」
その声色は小学生くらいの女の子のものとは思えない、とても静かで落ち着いたものだった。暗い夜道と傘のせいで、彼にはその顔をよく見ることは出来ない。
「あ、ああ…」
「私、メンズ用の折りたたみを持っているから、使う?」
「…誰かに使うんじゃなかったのか?」
彼が訊き返すと、少女はふと笑い、傘をずらしてまっすぐに彼を見つめた。
その瞳に彼は既視感を覚えた。つい先ほどに見た――名探偵と同じ瞳だと思った。やばい、と勘が働く。その茶髪の少女をよく見れば、名探偵とつるんでいる少年探偵団の一人だ。彼は以前、その少女にも関わった事があった。
得意のポーカーフェイスを持って少女を見据える。少女は持っていた傘を彼に差し出し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「あなた、怪盗キッドね?」
―――怪盗キッドとして、変装もしていない自分を正面から見つめられたのは初めてだった。
これまでも疑われれば器用に逃れることもできたのに、なぜか今日はポーカーフェイスが崩れた。