花火は色を変える


――小学五年生・秋――


 秋の西日が差し込んだ放課後の廊下で、別のクラスの元太とすれ違った。

「よう、コナン!」

 運動会も終わってずいぶんと涼しくなったというのに、半袖のTシャツにランドセルを背負った元太は少し前よりも焼けたように見えた。
 春の球技大会、夏のプール、秋の運動会と、小学生は忙しい。

「なんか、すげー久しぶりな感じがするのな」
「ああ、教室が端と端だからな」

 コナン達は小学五年生になっていた。しかし、元太と会うのが久しぶりである原因は、毎年行われるクラス替えによって教室が離れたからだけではない。
 昨年に引き続き、今年も五人集まって花火大会に行く事はなかった。それだけではなく、海もプールも、これまで当然としてきた行事が遠のき、静かな夏休みに対して阿笠博士が嘆いていたくらいだ。
 放課後の廊下では相変わらず、ランドセルを背負った子供達の無邪気さが眩しい。色とりどりなその景色の中に、くっきりと浮かび上がる存在があった。

「歩美ちゃん」

 コナンが呼ぶと、ワンピース姿の歩美が手を振った。
 運動会前よりも彼女が少し大人っぽくなったような気がして、そういえばトレードマークでもあったカチューシャがない事に気付く。黒い髪は日を浴びても透ける事なく存在感を示し、子供だと思っていた歩美に少しだけおののいてしまった。

「バイバイ、コナン君」

 スカートの裾をふわりと揺らしながら、歩美は正面玄関へと歩いていった。そのうしろ姿にコナンは違和感を覚えた。コナンの隣には元太がいたはずなのに、歩美は元太を見ようとしなかったし、元太も歩美に声をかけることもなかった。

「喧嘩でもしたのか?」
「え?」
「歩美と」

 疑問をそのまま口にすると、ランドセルの肩ベルトに添えた元太はコナンから目を逸らした。



「小嶋君も可愛いじゃない」

 さっさと宿題を終えた哀が、国語の教科書をぺらぺらとめくりながら小さく笑った。

「何がだよ?」
「あら、洞察力を誇りとするあなたにも難題だったかしら?」

 哀の淹れたホットコーヒーを飲みながらコナンが首をかしげると、哀は挑発するような視線をコナンに向ける。

「お年頃という事でしょう」

 阿笠邸のリビングにある大きな窓の外に広がる空は一秒ごとに色を変えていく。夜が近付けば長袖を羽織っていてもどこか肌寒く、季節の移り変わりを感じた。そういえば、通学路の街路樹の葉も色を変えていた。
 ダイニングテーブルで、目の前に座っている哀は教科書とノートを重ねて角を合わせるように音を鳴らした。そろそろ照明を付けないと、あっという間に室内は暗くなるだろう。
 お年頃、という言葉に、身に覚えのある感情が心を支配していく。立ち上がってキッチンに向かった哀の気配を感じながらも、コナンはテーブルに広げた教科書を睨んだまま、動く事もできない。