わぁっと歓声の中で、青空にはカラフルな風船が飛んで行った。只今とても華やかなパレードが目の前で行われている。
人混みの中でも歩美は運よく最先頭にいて、その完全で完璧なステージのパフォーマンスに魅入っていた。その隣には手を繋がれて強制的に隣に立たされた哀がいるが、最初は遠慮がちだった彼女も圧倒的なパレードに目を奪われている。
その後ろには元太と光彦が同じような表情でいるのだから、まだまだ子供だなぁとコナンはパレードよりもむしろ彼らの一喜一憂とした表情を見ている方がよっぽど面白かった。
いつもと変わりない休日、博士が知り合いからもらったというトロピカルランドのチケットを手に、子供達を誘い出してくれた。
「すごかったねー、パレード!」
歩美は元太や光彦達とその感想を言い合ってはしゃいでいる。気付けばコナンの隣には哀が立っていた。哀を横目で見ても、いつもと変わらない涼しい顔を歩美達に向けている。
「どうだったんだ?」
「え?」
「パレード。歩美と一緒にいい場所で見れただろ?」
「そうね。思っていたよりも楽しめたわ」
「……相変わらず可愛くねーな」
コナンがひとりごちると、哀は変わらない笑みを向けてくすりと笑った。
小学二年生の春。青空の下ではもう上着は必要ないくらい暖かく、日差しは眩しい。元太達はトロピカルランドの案内を手に、次はどのアトラクションに乗ろうかと話し合っている。
「ねぇコナン君! 新しくできたジェットコースターに行ってみようよ!」
「えー、俺はいいよ。おまえらで楽しんで来いよ」
「そんな事言って、本当は怖いんじゃねーか?」
元太の悪戯を含んだ物言いに、コナンはむっと口を尖らせる。
「んなわけねーだろ!」
「それじゃ、ボク達と一緒に行ってくれますよね? 灰原さんも行きましょう!」
元太達の思惑通り、コナンは最近できたアトラクションに連れられた。コナンは高所恐怖症でもスピード恐怖症でもない。それなりに楽しめる自覚はあるが、いくらこの姿でも子供に混じってはしゃぐ自分になんとなくためらいを感じていたというのに、少年探偵団はそんなコナンをいとも簡単に子供の世界へ連れ出してしまう。
哀がコナンの隣を歩きながら肩をすくめた。
「小嶋君達にむきになるなんて、あなたもまだまだ子供ね」
「…うるせーよ」
トロピカルランドはとても広い。目的地までには土産屋やレストラン、屋台もいくつも並んでいた。時折甘い香りが漂う。目を向けるとそこはキャラメルポップコーン屋で、アトラクションでもないのに長蛇の列ができている。
「気になるの?」
コナンの視線の先に気付いた哀が、そう囁く。
「あなた甘党だった?」
「いや…。でもすげー懐かしい匂いだったから」
嗅覚は人間の記憶をつかさどる部分と繋がっている。だから香りによって記憶が蘇ることは珍しくない。
コナンの言葉に哀は少しだけ表情を暗くして、「そう…」とうなずいた。
「ええー? まじかよ?」
コナン達の前を歩く二人が立ち止まり、落胆の声をあげた。何事かと見ると、新しいアトラクションの身長規定が表示されており、それは元太を除く四人の身長が満たすものではなかったのだ。
「子供は乗れないってことでしょうか…」
「ひどーい!」
「仕方ねーよ」
不貞腐れる子供達に、コナンは声をかけた。
「安全の為に敢えて身長設定されているんだ。この身長を超える頃にまた遊びに来ようぜ」
コナンが明るく言い放っても、三人の機嫌は直らない。ぶつぶつ文句を言いながらその場から離れようとしない彼らに、哀は優しいため息をつき、歩美の隣に立った。
「江戸川君の言う通りよ。安全を配慮されているの。それよりお腹も空いた頃だし、何か買って食べない?」
哀の話題を変えるタイミングは見事だった。哀の提案に三人は曇らせていた表情を一気に輝かせ、再び走り出した。
やれやれと言うように、哀はまた自然にコナンの隣に立つ。
「…いいの? 身長が越える頃には江戸川コナンなんていないわよ」
「だといいけどな」
「…必ず解毒剤を完成させるわ」
高揚感高まるテーマパーク内の雰囲気に合わない切羽詰まった声に、コナンは哀の手を掴んだ。
「そういう風に思わなくていい。そりゃ元に戻れるのが一番だけど、戻れなかったらこうして一緒に過ごせばいいじゃねーか」
「…何言ってるの?」
「それに、数年後には江戸川コナンも灰原哀もいないかもしれねーけど、その時は工藤新一と宮野志保としてあいつらに出逢って、またこうして遊びに来ようぜ」
無邪気に言い放つコナンに、哀は信じられないというように眉根を寄せる。
哀の言いたい事も分かる。本来の江戸川コナンは諦めることを知らない。不可能を可能にする探偵だ。しかしコナンは哀に罪悪感を背負わせたくなかった。今でも寝る間を惜しんで解毒剤の研究をしてくれているのは知っているけれど、こうして明るい空の下で、他の子供達と同じように一緒に歩きたいと思ったのだ。
彼女には罪は似合わない。幸せを与えたかった。
「コナン君、キャラメルポップコーンを食べようよ!」
「先に列に並んでおきますねー」
視界の先で、三人が大きく手を振って声をあげているのに、コナンも手を振り返した。
「灰原、あいつらが待っている。行こう」
掴んだ手をそのままに、コナンは歩き出す。哀も何も言わずにコナンの後をゆっくりと歩いた。
ありがとう、と哀がつぶやくのが聞こえ、コナンは立ち止まって振り返り、哀の前髪をくしゃりと撫でた。
「今日はまだ終わらねーよ。楽しもうぜ」
コナン自身も、自分の気持ちに戸惑いはある。元に戻りたい気持ちがないわけじゃない。
それでも、今ここに漂うキャラメルポップコーンの香りはきっと一生忘れないものになるだろう。
(2015.4.20)