午後5時になっても明るくなった五月の夕方、仕事帰りに歩いていた街で蘭はコナンを見かけた。
コナンの制服姿に懐かしさを覚えると同時に、どきりとして思わず立ち止まってしまった。蘭も通っていた帝丹高校の制服。昔から変わらない黒縁眼鏡。その奥に隠された素顔。
(新一…)
昔の想いを今でも重ねてしまい、そのたびに蘭は自己嫌悪に陥る。
今では幸せを掴んだのに、それでも思い出してしまう。愛する人と一緒にいても囚われてしまう瞬間がある。人間とはなんて欲深い生き物なのだろうか。
何よりも大切な人を失った十九歳の頃、蘭を形どる世界が終了の鐘を鳴らした。視界は滲み、聴こえる音は底深く沈み、そこには愛せるものが何一つないように思った。
事実を受け入れることもできず、食事ものどを通らない。両親の見せる心配すらうっとおしくて、何より蘭を覗きこむコナンの瞳が一番辛かった。だから平気なふりをして遠ざけた。そうでもしないと、同じ瞳の色に崩されてしまいそうだったから。
新一の最後の連絡がいつだったのか、蘭には思い出せなかった。
そもそも新一がいなくなったのは、自分が待たないと言ったからではないか。
(もうこれ以上新一を待てない)
その気持ちを吐き出せたのは、コナンの前だけだった。その時のコナンはどんな顔をしていただろうか。
(私が待たなかったから、新一は死んでしまったの…?)
そこに因果関係があるわけではないと理屈では分かっていても、自責の念は消えない。
太陽のように笑う、彼の笑顔は日に日に消えていく。
「蘭ねぇちゃん?」
聞き覚えのある声とともに、街のざわめきが耳に入って目が覚めた。
気が付けば目の前にコナンがいた。どうやら蘭はぼんやりしていたようだった。
「コナン君…」
その隣には阿笠邸に住んでいる灰原哀がいて、二人の手が繋がれていた。
いつの間に大人になったのだろう。親密そうな二人の空気に気後れして、それを誤魔化すように蘭は微笑んだ。
「哀ちゃんも、久しぶりね」
「ええ…」
目を細めて笑う哀は本当に綺麗になったと思う。
そしてその隣で蘭をじっと見つめるコナンは、記憶に残る新一と同じ声で同じ顔だけど、少し雰囲気が違う。昔に新一とコナンが同一人物ではないかと疑ったことが馬鹿みたいだ。そのくらい、昔はコナンに新一を重ねて見ていた。何より新一に会いたかった。
―――新一兄ちゃん、蘭ねぇちゃんのことがすごく好きだったよ。
コナンからそう告げられたのは四か月前だ。
蘭は逃げていたのだと思う。新一との思い出から、新一と同じ顔のコナンから。
だからその言葉に救われた。
囚われていた時間からようやく抜け出せると思った。
五月に吹き抜ける春風は心地よい。夫に買ってもらった腕時計に目を落とすと、長針は3の数字を指している。
「コナン君、今帰り?」
「うん」
学校の違う二人が並ぶ姿は、何よりもお似合いで、きっと自分と新一ではこんな風にならなかったのだと思う。そんな二人に小さな嫉妬心を抱きつつ、蘭は二人と別れて、愛する人と暮らす家へ歩き出した。
どんなに幸せになっても満たされることなんてない。おとぎ話のようなハッピーエンドを体験することなんてない。二十年以上生きてようやく悟った。
だからこそ、人は今を大切に生きていくのだろう。
タイトルは倉木麻衣の曲から頂きました。
(2014.8.1)