長年願ってきたものを手にすることは、奇跡に近いことだと思っていた。
9.Precious Pain(2)
「おまえがいなきゃ駄目だ」
久しぶりに感じるコナンの腕の強さ。そして思ってもいなかった言葉に涙が溢れた。
(許されるはずがない)
何か言おうとするのに、口元が震えて、抱きしめられた腕が温かくて、声にならない。灰原、とコナンがつぶやく。
「そういうのじゃ、駄目なのか?」
大きな手が哀の髪をなでる。哀は目を閉じて息を吸う。
「そんなの気の迷いだわ」
彼の気持ちはきちんと伝わってくるのに、
「私はあなたの人生を壊したのよ」
彼がそれを哀に対して責めているわけでもないと知っているのに、そう言わざるを得なかった。そうしないと、長年理性で抑えつけてきた感情が止まらなくなりそうで、崩れてしまいそうだった。
溢れ出したらきっと止まらない。
コナンが身体を起こすと、哀も自然に座りこむ体勢となる。コナンは正面から哀の表情を覗きこんだ。
濁りのない瞳が、哀の戸惑いを映す。
「まだ壊れてなんかいねぇよ」
そのまま額同士をくっつけて、
「おまえが江戸川コナンの人生を作ってくれたんだ」
柔らかく微笑み、もう一度哀を抱きよせる。
「…それでも、それをお前が負担に思ったり、おまえを縛ることになっていたんなら、謝るよ。もう二度とお前に近付かない」
どこか涙声で、ごめんな、と自信なさそうにつぶやいたコナンは、哀にそっと口付け、立ち上がった。
哀は座り込んだまま、コナンを見上げる。
(そんな風に思っているわけがない)
許されるわけがないと分かっていて、そのまっすぐな彼に恋をした。
「江戸川、くん…」
こんなにも浅ましくて嫉妬心にまみれた自分を初めて知った。
元の身体に戻れないと知った時、
(あの時、確かに私は喜んだ)
薬のデータがなくなった事に密かに安堵した自分に気付き、絶望した。それをなかったことにして研究を続けた。
(こんな私を知られたくない)
だけど気持ちに背反して手が伸びて、コナンの手を掴む。
「私だって、あなたがいないと駄目だわ」
哀の言葉が終わらないうちに、コナンは再び哀を抱きしめた。哀もコナンの背中に両手をまわす。力いっぱい抱きしめ合い、今度は深く口付ける。角度を超えて、何度も。
「私、最低だわ…」
キスの合間に息を吐くようにつぶやくと、コナンがふと笑った。
「そんなの俺も同じだ」
正面から哀に向き合ってくれた小さな親友を思う。そしてコナンが愛したかつての幼馴染に対する懺悔の気持ち。
「だから、一緒に生きていこう」
哀とコナンは偽りの世界で生きている。だけど胸に残るこの痛みは真実だ。それを共有することをしていいんだと哀は思う。運命共同体、といつかコナンが言ったように。
気付けばテレビの番組が変わっている。時計は零時を超えて、年が明けたのだ。
また新しい一年が始まる。