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 過去にとらわれずに生きていたつもりが、誰よりもとらわれていたのは他でもなく自分だった。


8.恋の終結(3)


 まともに眠れていないのに、頭が冴えている。
 気付けばクリスマスも終わっていた冬休み、コナンは工藤邸に引きこもって読書に熱中していた。頭を休めると余計なことを考えそうで、ひたすら推理小説に没頭した。
 これまでは長期の休みには五人で集まっていたが、さすがに受験直前、それどころではないのだろう。もちろん理由はそれだけではない。冬休みが始まる前に五人で集まらない日々を歩美が嘆いていたことを思い出すけれど、こればかりはどうしようもなかった。
 ソファーに寝転がって本のページをめくると、テーブルに置いてある携帯電話が着信音を鳴らした。ゆっくり起き上がり、携帯を手に取る。パネルに表示された名前を見て、目を見張った。



 午後9時。言われた場所に来ると、「コナン君こっち!」と遠い昔の幼馴染が別の名前を呼んで手を振った。

「蘭ねぇちゃん」

 だから低い声になった今でも、そう呼ばざるを得ない。
 先ほど、突然の電話で「お願い、助けて!」と場所を告げられて来てみれば、繁華街の居酒屋の前で酔い潰れた小五郎に蘭が途方に暮れていた。

「コナン君、ごめんね。こんな時間に」

 申し訳なさそうに詫びる蘭の話によると、忘年会に参加した小五郎がいつもの調子で飲みすぎ、飲み仲間が娘の蘭の携帯電話に連絡をしてきたそうだ。蘭が到着した頃にはここで潰れていたらしい。
 まさに眠りの小五郎だ、とコナンは心の中で毒づくが、蘭が真剣に困っているので、心の中にしまっておく。
 道路にしゃがんで小五郎の肩に手をやる蘭に目を向ける。黒いコートに白いファー、足元はロングブーツ。昔から派手な格好をする彼女ではなかったが、すらりとした彼女のスタイルにとてもよく似合っていた。

「今日ダンナは仕事でいないし、こんなことを頼めるのコナン君しかいなくて」

 ありがとう、と微笑む蘭を見て、心が乱される。先日の歩美の言葉を思い出す。

(終わらないってすごく辛いの)

 ―――ああ、そういうことか。と、それはとてもシンプルに、コナンの心の中にコトリと音を立てて、落ちた。



 どうにか小五郎を二階の探偵事務所の更にもう一階上にある自宅に押し込み、コナンと蘭は夜道並んで歩いた。
 蘭が今住んでいる家はここから電車で二駅行ったところなので、駅まで送るとコナンが言い出したのだ。
 気付けばコナンの身長は蘭を超えていた。見下ろした蘭の横顔の角度に懐かしさがこみ上げる。
 並んで歩いた学校の帰り道、何かしら理由をつけて二人きりで行った遊園地。
 …忘れられるわけがない。その時間は確かに存在して、コナンの心の奥深くに眠っている。

「蘭ねぇちゃん」

 コナンの声に、蘭が横からコナンを見上げた。自然に歩くスピードが落ち、二人は立ち止まる。
 駅に続く狭い路地、寒空の下。吐く息が白く濁る。

「ひとつ、言っていなかったことがあるんだ」

 震える声は寒さのせいか、それとも。

「…何?」
「あのさ、新一兄ちゃん、…の事だけど」

 その固有名詞に、蘭の肩がぴくりと動く。

(まだ死亡届を出していない)

 哀はそう言ったけれど、蘭はどこまで真実を知っているのだろう。

「新一兄ちゃん、蘭ねぇちゃんのことがすごく好きだったよ」

 コナンの言葉に、蘭の表情はみるみる崩れ、そしてコナンに軽く寄りかかった。蘭の手がコナンの肩に触れる。昔よく頭を撫でてくれた手が、久しぶりにコナンに触れ、それはとても小さく感じた。

「…コナン君、ありがとう」

 その感謝の言葉の真意は読み取れない。
 コナンは夜空を見上げる。冷たい空気は澄んで見えて、目がかすんだ。